「じゃあ伝えておけよ、弟のトラはスプーンレースに出るんだって。多分アイツ来るぜ」
「小虎もスプーンレース? ……ふっ」
余計なことを言う仁さんの言葉に隆二さんが笑いを堪えた。いや、いいんだ。笑ってくれていいんだ隆二さん。
「いや、でも来ますかね、アイツ」
「そりゃ来るだろー。弟がスプーンレースだぞ? 絶対来る」
「……すごい自信ですね」
「当たり前だろ、断言できる」
にやり。これまで以上に笑みを深くした仁さんが、隆二さんではなく俺のほうを見て言い放った。
「絶対、止めに来るだろうな」
パーンッ!
なんの前触れもなく花火の音が校庭から聞こえ、俺と雄樹は飛び上がった。
今はまだ体育祭でもなんでもなく普通の授業時間のはずだ。慌てて時計を確認して、覚醒した頭で理解したあとため息をつく。
「びっくりしたー。もう体育祭かと思ったー」
「俺も。大方どっかの誰かが勝手に上げたんだろ」
「えー? 不良校に花火置いておくとか、どんだけ無能な教師なのー」
まったくだな。俺は頭のうしろをぼりぼり掻きながらあくびを一つ。それが移ったのか、雄樹もあくびを一つしてから背伸びをした。
「あー、でも明日じゃーん、本番」
「だな。だから仁さんもバイト休みにしてくれたし、今日と明日」
「ねー。でもさ、ぶっちゃけ俺はあったほうが楽しいんだけどなー」
「はは。俺も」
カシストでバイトを始めて以来、俺と雄樹の日常にバイト時間は当然のように存在していた。
それが休みだというのだから、どうも逆に落ち着かない。そのくせ、俺と雄樹は今日もバイトがあるような空気を醸し出して、夜寝れないだろう分の睡眠を貪っている。
「はー。早くバイトしたーい」
「……」
同意ではあるが、それをするのも億劫な俺は落ちてくる瞼をそのままに、再び床の上へ倒れていった。
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