自分の手の内で震えるそれを強く強く、あぁだけど優しく握りしめた獣は心ひそかに口を開く。
「だから俺は女装したあの日限りのお前と結婚する。けど二度とお前に女装なんかさせる気はない。だから正確には結婚を約束した女は死んで、そいつに操を立ててるってことになるが。
けど、そうすりゃまたモデルにって口うるせぇ匡子や西を黙らせることができるし、俺は近寄る女を追い払う良い口実にもなる」
「……でも、」
「他の女を迎える気はない。辛いとき支えてくれた可愛い弟と、これからも一緒に暮らすといっときゃ、お前と二人で暮らしたって誰も文句はねぇだろ」
「でも、玲央」
「お前にくれてやる」
ぽつぽつと語られる玲央の言葉に反論しようとよじる俺を黙らせるのも、やっぱり単純な一言で。
「俺の人生を、お前にくれてやる」
上から目線の、横暴でぞんざいな物言い。だけどそれが照れ隠しだと分かってしまう自分の気持ちは、きっとこの男にだってバレている。
ぱたっ、と繋がれた手の甲に落ちた雫が俺の膝を濡らす。外すことも忘れた視線がより一層、耽美に絡まった。
いつもそうだ。この男は、いつも俺の先を行く。
道などあってもなくても関係ない。この男が歩く場所こそ道になる。
その後ろをひた追いかける俺の歩みに、だけど合わせた歩幅は優しい。
隣に並びたいと焦る俺をするりと躱しながら、だけど手を伸ばしてくれるから。
「……恥ずかしいね、その台詞」
「あ? うるせぇよ、馬鹿トラ」
くすり、微笑む俺に近づいた玲央が額を小突く。その手を手繰り寄せ、自分の頬へあててみる。熱くて大きな、俺をいつも励ます手の平は、だからこんなに愛おしい。
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