「玲央……」
「……どうした」
くしゃり。頭を撫でられる。
いつもと同じ、それより恐る恐ると、だけどやっぱり優しい手の平。
冬で、外は寒くて雪も降っているのに、そこだけは確かに温かい。じんわりと、そこから全身に熱が広がっていく。
あぁ、そうだ。俺はこの手が好きで、この人が好きだから。だから、信じられるのだ。
「結婚、するの?」
「は?」
「司さんが言ってた。玲央……結婚するの?」
頭を撫でる手が動きを止める。嫌な予感がして、口の端がひくついた。
「する」
足元が崩れ落ちるような感覚に手の中から荷物が落ちた。箱の中に入ったそれが微かな金属音を立てながら俺の耳に木霊する。
まるでなにかが切り取られたような、ぞっとする危うさが足元をゆっくりと蝕んだ。
玲央は俺が落とした荷物を拾い上げ、こちらを見て目を瞠る。
「……お前、…………くっ」
なのに急に口元を緩めて笑い出した。
「ははっ、お前……ふっ、はははっ」
「……なんで、笑うの」
「悪い、いや、今分かった」
「なにが、分かったの」
そう問えば、玲央は堪えきれない笑みを必死に飲み込んで、だけどやっぱり口元を緩めたまま俺を見る。
「気づいてねぇだろうけど、お前、今あの日と同じ顔してんだよ」
「あの日?」
ぐしゃり。荷物を持った手は逆の手で、俺を撫でる手の平の優しさはちっとも変わらない。
「お前を置いて、お袋と家を出た日」
「…………」
どんな、顔をしているのだろう。
玲央は笑っているから、多分よっぽど情けなくて、不細工で、どうしようもないほど馬鹿な顔に違いない。
「泣くな」
俺の顔を見たまま、今度は穏やかに微笑んだ玲央が、気づかぬ内に零れていた涙を指で拭った。
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