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まるで一瞬の境目がゼロになったみたいだ。
はっ、はっ、と獣じみた声を漏らしているのはどちらなのかもう、分からない。
泣きたくなった。ただどうしようもなく、泣きたくなった。
このまま喰われて俺が皮や骨だけの存在になったとしても、それでもきっと怖くはない。そう思ったら突然芽生えた感情に戸惑って、


「――……っ」

「……あ、」


俺は、獣の首に爪を立てた。爪と皮膚の隙間に滴る赤い血が、うっそりとして美しい。
果実をもぎ取るような乱暴な音を立てて、獣と俺を繋いでいた肉欲の糸が切れる。しばらく見つめ合っていた互いの瞳には隠しきれない捕食の色が伴って。


「あ……お風呂、入ってくる」

「…………あぁ、」


ぐらり。反転していくような世界に落ちていく。
いつからか消えていた足の痺れすら忘れて立ち上がると、かくんと膝から崩れてしまった。床に倒れる前に俺を抱きとめた玲央は、我慢を知らない肉食獣のそれが止めどなく溢れている。


「ごめん……もう、大丈夫だから……」

「……あぁ」


するりと離れた手を強引に握りしめて欲しい。そう思いながら俺は部屋の中へと戻って行った。


――ドドドドド。
浴室に備えられた大きなバスタブは、大人が二人入っても狭くはないだろう。そんな湯船に並々と溢れる水流を呆然と眺める。
なにをしているんだ俺は!? 頭がパニックに陥り大混乱。かなづちでゴンゴンと叩かれるような強烈な現実に眩暈すら覚えてしまう。
違う、分かってる。分かっているのに追いつけない。自分の中に芽生えた感情に追いつけない。
触れたい、触れられたい、抱きしめたい、思いっきり抱きしめて欲しい。次々と溢れては尽きることのない欲望は、増していくほど生々しい。それはひとつひとつ丁寧に積み上げた階段をすっ飛ばしていくような衝動。

知らなかった。さっきまで、膝枕をしていたさっきまではあんなに穏やかな気持ちで幸せに浸っていられたのに、たった一瞬でそのすべてをぶち壊すような強烈な本能。

――玲央に欲情している。

あぁ、言葉にするとなんて簡単で。獣じみた欲求なのだろう。




 


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