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それからほどなくして落ち着きを取り戻した彼は、すっかりぬるくなったコーヒーを飲み干して、三人分のコーヒー代をテーブルに置くと店を出た。最後に笑って「また、お粥食いに行く」と言われ、俺が素直に頷くとさらに破顔させていた。


「小虎」

「はい」


黙ったままでいた豹牙先輩に向き直る。先ほどまで困った笑みを見せていた豹牙先輩は、今は穏やかに微笑む。


「俺はお前みたいに考えることはなかったし、多分、そんな暇もなかった。どうにかして繋ぎ止めてないと司が消えるんじゃねぇかって、怖くて怖くて、正気を無くしたアイツをただ受け入れた。
今は、よ。それを悔やむ気もねぇし、十分幸せだって思える」

「はい」

「でもお前みたいに自分自身に向き合ってたら少しは、俺も違ったのかもしれない」


だからちょっと羨ましくもある。そう笑う豹牙先輩に、俺は首を横に振った。


「豹牙先輩と司さんは、誰がどう見ても幸せそうじゃないですか。俺、すげー羨ましいですよ」

「……小虎……」


でもね、と続ける俺に豹牙先輩が首を傾げる。


「俺も幸せだから、今、ちょっと豹牙先輩と対等な気分です」


へへへ。笑う俺に先輩は目を丸くして、かと思うとくしゃりと微笑み、俺の頭をこれでもかと撫で回すのであった。

それから他愛もない話をしていると、司さんから「早く仕事に来て」というラブコールを受けた豹牙先輩に送られて、俺は彼と別れた。
まだ玲央も帰ってはいない自宅へ足を踏み入れて、思いっきり深呼吸をする。それだけで募る思いがいっぱいいっぱいになって、笑い出しそうな自分の唇を噛みしめた。

なにひとつ欠けてはいけない思い出を積み上げて、今、俺はやっと自覚している。

靴を脱いで廊下を進む。そこそこの点数を叩きだしたテストをしまう鞄をソファーの上に投げ捨てて、迷わず玲央の部屋へ飛び込んだ。
黒いシーツに包まれたセミダブルのベッドにゆっくりと身を沈め、思いっきり匂いを嗅ぐ。
ドロドロに溶けてしまいそうな甘美な世界の中で、夕飯の献立を考えている俺は多分、世界一幸せ者だ。




 


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