「……あ」
「……」
なのに、なんで。なんでなんでなんで。
「……ちが……っ」
なんで、螺旋階段にいるんだよ、兄貴。
「……」
まさに事後とでも物語るように着崩された黒いシャツから惜しみなくさらす肌を見せつけて、殺意のこもる目が金の髪からこちらを射抜く。
もう遅いのだ。そう理解したところで諦めるほど、俺はまだ強くはない。
いつもなら抵抗らしいこともしない俺が動揺している、それが野獣の気を引いているのか、兄は一歩も動かず俺を見据えつづけた。
「小虎」
「――っ!」
張りつめた空気の中、焦ったような隆二さんの声が俺の名を呼んだ。
その瞬間、野獣の眉がピクリと動く。
本能的に後ずさった体がうしろのほうへ倒れていけば、来るはずの衝撃はひどく柔らかいものに変わっていた。
「どうした小虎、具合でも悪いのか? ……って、玲央、お前もう終わったのか」
「……あぁ」
俺は、どうやら隆二さんに支えられているらしい。
両肩に触れているだろう彼の手が、びっくりするくらい温かい。
その温もりに安堵の息を吐けば、兄の長い脚は螺旋階段を昇りはじめた。
「どうした玲央、なんか不機嫌だな?」
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
「あ? なんだよ?」
俺と隆二さんの前までやってきた野獣が、一切の許容もない目で俺を見下している。
あぁ、なんて、なんて恐ろしく……美しいのだろう。
「いつからお前はこれの名前を呼ぶようになったんだ? あぁ゛?」
そんな声が聞こえたかと思えば、俺の体は床の上に叩きつけられていた。理解するよりも早く、痛みが走る。
慌てて兄のほうを見れば、起き上がる間もなく腹に激痛。蹴られた、らしい。
「玲央っ!? おい、やめっ」
「うっせぇよ隆二、それよりさっさと答えろ。いつからこれと知り合いなんだよ、なぁ?」
「玲央……?」
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