「なにも。ただ事が終わるまで俺と仙堂の二人の世話を焼いてくれりゃあいい」
「……は?」
だというのに、狩人は獣の額に向けていた銃をわざとらしく下ろし、微笑んだ。心臓が、バクバクと音を立ててうるさい。
「まぁとりあえず落ち着いて。俺は君を怖がらせるためにここへ連れてきたんじゃない。君を守るために連れてきたんだ。分かったならほら、もう冷めちゃったそのお茶でもグイーッと一杯。さぁさぁ」
「……」
嫌と言うほど勧めてくるお茶と男を交互に見る。視線がかち合うたびに「飲んで飲んで」と言う言葉すら信用はないけれど、飲む以外の手立てがないのもまた事実だった。
「……いただき、ます」
「めしあがれー」
震える手で紙コップに触れる。冷めてしまったそれは不快感を覚えるほどに、生ぬるかった。
正直、テンパっている俺の頭は素直という感覚を忘れてしまっている。このお茶の中にはなにかが入っているのだと疑わずにはいられない。
なのに、口にした瞬間、渇いていたことにさえ気づかなかった喉が潤いを増し、あれだけ覆っていた不安がほんの少しだけ和らいでいくような気がしたのだ。
「俺はね、小虎くん。守るものがある。だから非情にもなれる。だけどそれができるのは俺に正義と言う肩書があるからだ。
権力者は強いよ。なんだかんだいっても人は弱者と強者に分かれる。それが一転する奇跡はまず起きない。
いい大学を出ろ、いい会社に勤めろ。おおよその親が口にする台詞だけど、ちゃあんと理に適ってるんだよなぁ、これが」
「……どういうことですか?」
「んー? んーつまり、君はまだ、知らないことの方が多いってことだよ」
散々見せつけてきた人非人はなりを潜め、どこか遠くを見つめるその眼差しは親近感を覚えるほど、人に近い。
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