昔はそりゃ、色々あった。
殴られて、蹴られて、およそ弟に向けるべきではない言葉をたくさんぶつけられた。
でも、それでもねぇ母さん、俺は玲央の弟であることを、誇りに思うよ。
玲央はさ、本当に最低だったと思うんだ。
そりゃ世間一般では、親から受ける苦痛を暴力でぶつけるのはダメだって言われるかもしれないけど、でも玲央にとって、それはもしかしたら声だったのかもしれない。
直接言えないような、喉元まで出かかっては吐き出せない、声だったのかもしれない。
だから自分に似たような不良ばかりの世界に足を踏み入れて、強さゆえに総長なんてやっちゃってさ。
少し、格好つけのところがあるから、ちょうどいいかもしれないけどね?
でも母さん、玲央は俺のこと、決して見放したりはしなかったよ。
親父は俺のことを人間として扱ったことはないけれど、玲央は、玲央はちゃんと俺の言葉を聞いてくれたよ。
責任を取るって、おかえりって、言ってくれるんだ。
だから母さん、俺もこれだけは――絶対に守る。
「……玲央と、幸せになるよ……母さん」
「!」
閉じていた目を開けて、微笑みながら母さんの眠るその場所を見つめる。
隣で同じように挨拶をしていた玲央がこちらを凝視していたけれど、あえて気づかない振りをして立ち上がった。
それから一歩、二歩、うしろに下がる。
「じいちゃん、ばあちゃん……ろくに顔も見せに来ない孫だけど、俺は二人の孫ですごく嬉しいよ」
俺の行動を見つめていたじいちゃんとばあちゃんが、目を見開く。
「母さん……母さんは俺が母さんを選んだって言ってくれたけど、もしそうなら俺、母さんを選んで本当に良かったと思う」
尻尾を振りながら足元にくっつく達郎が、ワン! と吠える。
「達郎は名前がしぶいけど、すっげーかっこいいよな」
こちらを凝視したまま固まる玲央が、なにか言おうと口を開くその前に、俺は言葉をつづける。
「色々あったけど、俺は玲央が大好きだ」
すっと頭を下げて、息を吸う。思いっきり顔を上げて、これまでにない笑顔がほら、自然と浮かぶ。
「俺、ここの一員として、家族として産まれてきて、本当に幸せですっ!」
こんな馬鹿な俺だけど、ねぇ母さん、産んでくれてありがとうって、言わせて。
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