「すごく良いところだね」
「なんもねぇけどな」
確かになにもない。でも、なにもないことがこんなに開放的で、心安らぐことをはじめて知った。
空気も美味いし、どこを見ても自然の風景は目に優しい。
「玲央はどれくらいここにいたの?」
「おふくろが死んだとき、一週間くらいか」
「え? 一週間? それ、早くない?」
「……なんもねぇからな、ここはよ」
ただ真っ直ぐ、山の向こうを見る玲央の言葉に苦笑する。
玲央には大自然の魅力も通用しないようだ。
ワンッ! と、タイミングよく達郎が吠えた。
声を遮るものがないから、辺り一帯にその声は響く。
「あの木のとこまで行ったら引き返すぞ」
「うん」
道の途中に生えた立派な大木を指さした玲央に頷く。
達郎の歩みに余裕が出た俺は、両手で持っていたリードから片手を離した。
指さした玲央の手が戻ってきたとき、ちょうどお互いの手の甲が触れ合う。思わず驚いた俺は、それとなくリードに片手を戻したのであった。
家に戻ると屋根から白い煙が空へと伸びていた。
オレンジ色の空へ延々とつづくそれを見ていると、なんだか無性に走り出したくなる。
玲央が達郎の紐を杭へ結ぶ間、俺は手を洗って祖母のもとへ顔を出した。
なにか手伝うことはないかと聞く俺に、祖母も祖父も笑って「座って寛いでいなさい」と言う。
……なんだか、くすぐったいなぁ。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
それからさも当然とばかりに寛ぐ玲央を観察しつつ、祖母と祖父が準備してくれた夕食にありついた。
山の幸が多い夕食のメニューは、どれも美味しそうな香りがしていて食欲をそそる。
なぜか祖父たちの家にあった子供用の小さなお茶碗と短い箸を持ち、まずは黒い味噌の乗ったみょうが焼きを食べてみる。
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