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恐怖からか、辛さからさ、それとも知らない兄を見た衝撃なのか、涙腺が酷く揺れ動いている。
今にも涙が落ちてきそうで、そうはさせまいと阻止しても、心の奥が金切り声を上げていた。


「あ、ぐ……はっ、クソっ、があっ!」

「あ?」


ビリビリと空気が振動する。志狼の声が辺りの空気を一振させた。
俯きそうな顔をすぐ上げれば、志狼は関節の外れた腕に構うことなく、兄貴の足をからめるように横に転がった。
兄貴がすぐさま避け、楽しそうに口を歪ませる。立ち上がった志狼の目は、兄貴に匹敵する獰猛なそれだった。


「アンタさぁ、はっ、一発でしとめてねーじゃん。口だけかよ、なぁ?」

「口だけなのはてめぇだろうが。ほら、来いよ」


引く。という言葉を知らないのだろうか。
腕一本、戦力から失ったというのになぜ、なぜ志狼は立ち上がる?

それが不良だっていうのなら、俺には止める資格なんて……ないだろうが。

そうは思っていても、体が前にのめりだす。すかさず隆二さんの腕がそれを阻止すれば、悔しさに下唇を噛みしめた。

土埃を服につけたまま、志狼がもう片方の腕で兄貴を殴ろうとするが、それが当たることはない。
飛んできた拳を兄貴が掴み、そのままもう一度地面に叩き落とせば、今度は脇腹に強力な蹴りが入る。


「かは……っ!」


その痛みが分からないわけではない。受けたこともある。でも、違う。違うんだよ。


「に、き……っ」


なぁそうやって、いつも黙って殴られていた俺を、そんな顔でいつも殴って、蹴って、嘲笑ってたのか?
いいや違う。アンタはいつも無表情で俺を殴っていた。


「兄貴っ!」


だから、嬉々として人を殴る兄貴がどこかへ行ってしまいそうで、怖くて堪らない。
俺の知らない兄貴が遠くて、眩暈がするんだ。


「も、いいっ、だろ……っ、もう、止めろよ……っ」

「……」


気がついたとき、俺は兄貴の背中に抱き着いていた。
ふわりと香る兄貴の香水が、今は血の香りも混ざって嫌な臭い。あぁ、こんな兄貴、俺は知らない。




 


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