その口から出た言葉に思考が止まる。
あぁ、もしかしてこの人は――気まぐれで楽しんでいるのではないか?
俺のどうしようもない気持ちを感じ取って、それで遊ぼうと優しくしているのではないか?
信じたいくせに疑うことしかできない俺が息を呑めば、兄貴はなにも言わずに煙草を灰皿に捨てた。間を置くことなくまた、煙草に火がつく。
「……俺が嫌いだから、だろ」
「あぁ、嫌いだな。てめぇみたいな言いたいことも言えねぇクズは大嫌いだ」
「……っ」
ほら、やっぱり。
一瞬でも気を許した自分に悔しさが募る。あぁなんだ……夢ってのは、本当に長くつづかない。
「はっ、またそうやってだんまりか? 一体どれだけ我慢すりゃ気が済むんだろうな、てめぇは」
「……」
「さっきみたいに泣いてたほうがまだ可愛げがあったのによ」
つまらなそうに紫煙を吐き出す兄貴の言葉が背中に刺さる。
痛いと言えば、この刺は消えてくれるのだろうか……。消して、くれるのだろうか。
そんな淡い期待をまだ、してもいいのだろうか。
「……じゃあ」
「あ?」
「じゃあっ、言えよ! 今まで俺を殴ってきた理由を! 俺が納得するまで説明してみろよっ!」
本当はまだしていたい。淡くたって馬鹿らしくたって、一瞬でも俺に優しくしてくれた兄貴が本当に存在するのなら、俺はアンタにすがりたい。甘えたい。なぁ、だから言ってくれ――。
「うぜぇから」
「……は?」
なのに、その口から出た理由が、いや、理由にもなっていないそれが、あまりにも単純で滑稽で――馬鹿馬鹿しくて。
悔しい憎い辛い悲しい、色んな感情が湧きあがる中、俺はただただ絶望を覚えた。
「最初に殴ったときもそんなもんだ。てめぇを殴ってきた理由に、納得するに見合うもんなんて一つもねぇよ」
「……」
「悔しいか? けどな、殴ることにたいそうな理由なんて、この世に一つもねぇんだよ」
なんだ、それ。
そうやって殴ることが悪だと分かっているなら、分かっているくせにアンタは――。
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