きっと兄貴には分からないだろう。
俺がどんなに弟として俺を見て欲しいのか。その視界に入ることを許されて、声をかけてくれて、殴らずに撫でてくれること。
そんな当たり前のことをどれだけ望んでいるかなんて、きっと兄貴には分からないだろう。
だから殴らなくなったと知ったときも、はじめて俺の料理を食べてくれたときも、本当はお粥を頼んでくれることだって、俺にとってはどれも代えがたい幸せなんだ。
そんな幸せをいつまでも夢見るほど素直でもないし、ましてや甘えるなんてできないけど。
それでも馬鹿みたいに涙を流して、必死に手を伸ばそうとする自分を抑えている俺は――きっと兄貴には分からないだろう。
それなのに、俺が落ち着くまでソファーに座っていた兄貴は、俺の鼻水が納まったのを見計らって冷蔵庫のほうへ向かっていった。
ありえないことに飲み物を二本携えて戻ってくれば、その一本が差し出されたのである。
とりあえず怒られる前に受け取れば、兄貴はまた煙草を吸いはじめた。
「落ち着いたか?」
「あ……は、い」
「はぁ……てめぇよ、本当学習しねぇな」
珍しくため息なんてついた兄貴のほうを見たら、額に兄貴の持つビール缶が軽く音を立ててぶつかった。
「なんで弟面しろっつってんのに敬語なんだよ。単細胞かてめぇは、あ?」
「……」
「もっと砕いて言わなきゃ分かんねぇのかよ、ったく、面倒くせぇ」
タバコを持つ手で器用にビール缶を持つと、空いた左手を俺の頭に乗せる。
「甘えろっつってんだよ。弟らしく、な」
「――っ」
フッと微笑みながら言われた言葉に、俺の顔が一瞬で赤く染まった。
ボボボッ! なんて効果音が出たに違いない。それくらい、言葉にならない恥ずかしさと嬉しさが体を駆け巡ったのだ。
「はっ、だっせぇ顔」
「……うっ」
今ならダサイ顔をしていると認めることはできる。きっと見るに堪えない酷い顔をしているだろう。
でも、だからって。そんな理由で笑うような人だったろうか、俺の兄貴は。
なんだ、なんだこの人。本当に俺の兄貴か? いつも俺に暴力を奮って、存在自体疎ましく睨んでいた、あの兄貴なのか?
「あ? なんだよ」
「……なん、で」
「なんで優しいの? ってか? さっきも言っただろうが、てめぇがそうしろっつったんだろ」
たちまち不機嫌そうに眉間にしわが寄る。
でも今の俺にはそんなことに気付けても、気づかう余裕はなかった。
だって、そうじゃんか。
「そ、な……こと、急に言われたって……っ!」
「なぁ」
だいたい可笑しいだろ。俺が言ったからそうした、なんて。はいそーですか、なんて、素直に受け取れるわけがない。
そんな俺の考えが分かっているのだろうか、兄貴のつまらなそうな声が俺を呼ぶ。
「じゃあなんで、俺はてめぇを殴ってたと思う?」
「……は?」
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