社会人3年目 6月
社会人3年目 6月
成田国際空港からアリタリア航空で約13時間。半日以上の長いフライトを終えて降りたったのはローマ・フィウミチーノ空港。通称レオナルド・ダヴィンチ空港として知られるローマの玄関口だ。
すっかり凝り固まってしまった身体をグッと伸ばすと、パキパキと身体のあちこちから音がした。
イミグレーションを無事にやり過ごし、荷物を取って到着ゲートを出ると、わっとたくさんの人の気配が私を迎えた。ざわざわと行きかう人。どこを見ても欧米の人ばかりで、アジア人が見当たらない。あぁ、外国に来たんだ、と急に心細くなる。さっきまであんなにわくわくしていたのに。
所在なさげにきょろきょろしていたせいだろうか、見知らぬイタリア人(推測)に声をかけられた。
「ちゃお…」
ひとまず挨拶をするが、ぺらぺらと何を言っているのかよくわからない。おろおろしている内に、私の手を取りどこかへ連れて行こうとする。
「え、なに?なんですか?」
恐怖で喉がカラカラになって大きな声
が出ない。
もうだめだ、と泣きだしそうになった時後ろから私の首に誰かの腕が回った。
「うわぁ?!」
鼻をくすぐる知っている香り。
その腕の持ち主が、イタリア人(推測)と何か話したかと思うと、イタリア人(推測)はにこやかに去っていった。
「ったく、何してんだよ」
「と、びおく」
「おう」
どうした、と言うように私を背後からのぞき込むのは、会いたくて仕方なかった人だった。
顔を見た途端ホッとして、へなへなと身体から力が抜けていく。
「わっ、と。大丈夫か?」
床に崩れ落ちそうな私を飛雄くんが難なくキャッチした。
「こ、怖かった…」
「なんかおろおろしてるからインフォメーションに連れて行こうとしてたっぽいぞ」
「え…?」
完全に人さらいだと思ったが、親切な人だったようだ。
「子供だと思われたみたいだな」
「子供ぉ!?」
「こっちだと、日本人は若く見られること多いんだよ」
「えぇ…」
イタリア到着早々ショックなこと続きだ。
「行くぞ」
飛雄くんが私の手を引く。その背中に付いて行く内に少しずつ気持ちが落ち着いていく。
会いに来たよ、飛雄くん。
話したいことがいっぱいあった。
嫌味な上司の話とか、近所の野良猫に子供が生まれたこと、飛雄くんの好きなポークカレー温玉のせを作るのがが上手になってきたこと。
そして久しぶりに会って、飛雄くんをもっと好きになってしまったことも。
だから、飛雄くんも教えてね。
イタリアのお気に入りのスポットとか、最近どうしてるとか、どんな時に私を思い出すのかとか。
飛雄くんは日常に困らない程度にはイタリア語を習得したようで、私は彼の吸収力の高さに驚かされると同時に、彼がどんどんこの国に馴染んでいることにどこか寂しさを覚えた。
それでも、私の手を引いて歩く横顔がとても嬉しそうで、私はまだ彼を好きでいてもいいんだという喜びに浮足立ってしまう。
この嬉しさを誰に伝えたらいいだろうか。まずは手始めに、横を歩く私の恋人に伝えてみるのもいいかもしれない。