好きとか、嫌いとか
今日は朝から今期の新作アニメの収録。
台本をぺらぺらとめくる。
夢に向かって突き進む少年とそれを助け見守る青年の物語。
今日のお仕事を簡単にまとめるとそんな感じ。
そして僕の役は。
(また少年役かぁ……)
お仕事をもらえるのは嬉しい。
けど、たまには違った役をやってみたい。
「そう思うのはわがままかな……」
「何してるんだ?」
ため息をついていると、上から聞き慣れた声が降ってきた。
世間じゃ人気声優だ騒がれてる、なのに樋口さんが関わると本当にどうしようもないくらい面倒くさい人。
「人見さん、おはよー。今日一緒の現場だったんだ」
そういえば香盤表に名前があったっけ。確か……。
「……――、役?」
人見さんに合いそうな役名を挙げる。
「あぁ!俺今回張り切っちゃってさー」
気持ち悪いくらいの笑顔で肯定された。楽しそうなのはいいんだけど、何かに違和感を感じる。
なんだっけ?首を捻って考える。あぁ、そうだ。この人の仕事の大半は――
「今日は珍しくBLじゃないんだね☆」
だから上機嫌だったのかと納得して言葉に出す。そしたらキッと僕のことを睨んできた。涙目で。それじゃ全く迫力ない。
「俺だって、俺だってな……好きでやってるわけじゃないんだよ」
その一言で人見さんのスイッチ入ったようで。
「なにもかも樋口が……!」
「今はその樋口さん行方不明だけどね」
拳を握りしめながら歯をぎりぎり言わせる人見さんに水を差す。突然、ナデプロを潰すと言い残して姿を消したのが何日か前のこと。
「そうだ……最近あいつの嫌がらせがない……これは罠だ!俺たちを油断させる罠に違いない!」
うわ、相変わらずすごい被害妄想。見慣れているとはいえ毎回繰り返される持論に少々あきれてします。確かに、樋口さんが行方くらまして何を企んでるのか知らないし、不気味ではある。だけどそこまで考えているのかな。
「俺はお前がうらやましいよ」
そんな僕の心中は知らずに遠い目をする人見さん。たぶん、今までやってきたお仕事を思い出してるんだろうな。
誘い受けに俺様受け、健気受けに……。あれ、本当にそれしか思い出せないな。毎日毎日人見さんは会う度にそういう愚痴ばかり。もっと好きな仕事のことも話せば良いのに。まぁ、嫌々でもやり遂げるところは大人だよね。
「いや…お前の役は役で嫌だな…弟萌えとか…」
人見さんの方は僕の今までやった役を思い出してたみたい。
「やだなー。僕だって弟日和だけじゃないって。例えばこの役。普通でしょ?」
「ふーん、人見さんは?僕がうらやましいって、どんなのがやりたいのさ」
「まぁ、そうだな……」
やっぱり俺は今の役でいいや…と呟きなぜか目をそらす。理由を問いかけようとした時、人見さんの背後に見つけたくなかったものを見てしまった。
「どうかしたか?甲斐」
それは顔に出てたらしい。
「うん?なんであれがいるのかなー」
タタタッと自分で擬音を発しながらこちらに向かってくる奴を指差して言う。
「人見きゅんと甲斐きゅん見っけ〜☆」
「こばとはキュートでかわいいマスコットキャラ役ナリ!」
「それ同じ意味だろうが」
聞いてもいないのに寄ってきて話す奴に対して呟くと不服そうに頬を膨らませて反論してきた。
「そんなことないでありんす!ラブリーエンジェルこばとはぁー「テストはじめますー」
奴の言葉の上からスタッフの声が聞こえて気を引き締める。
「はーい!あ、僕 今回、主人公役の甲斐由直って言います☆よろしくお願いします」
「おまえのその切り替えの早さには恐れ入るよ……」
後ろで人見さんが呟いていたけど気にしない。
さて、今日もお仕事開始っ!
(好きとか、嫌いとか、わがままとか言えるだけ幸せなんだよね、僕は)
(おーい、どこに向かってしゃべってるんだー?)
(人見さんは黙っててよ)
話に出てるアニメ作品=実在する、とある作品。(2010.10.09)
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