火水の仲?
所は戻って先ほどの桜の木の下。
読書に没頭していた篝はふいに顔を上げた。
太陽はすっかり登りきって時間の経過を知らせている。
「さて、そろそろ終わった頃かな」
誰に言うでもなくそう呟き、手にしていた本をパタンと閉じ、立ち上がろうとする。
すると、近くに見覚えのないものがある事に気づく。
「……携帯?」
それはピカピカと光りながら、かすかに振動して着信を知らせている。
来た時には無かった。
となれば考えられるのはさっきの新入生達くらい。
持っていくか、とそれを手に取る。
あの新入生が笑った時、何かが頭をよぎった気がした。
妙な感じ、まるで会ったことがあるような。
既視感?
また会ったら何か分かるかもしれない。
そんな事を考えながらポケットから煙草を取り出し、火を灯す。
すると。火を灯したのとほぼ同時に水が頭上から降ってきた。
煙草の火は消え、篝は全身びっしょりだ。
読んでいた本や落とし物の携帯なども巻き添えを食っていた。
濡れてふやけてしまった本を見て、少しばかり残念そうな顔をする。
水が降ってきた事に関しては日常茶飯事。そんな様子で、驚くでもなく、ため息をつき、後ろに向かって言葉を投げかける。
「月海。これで何度目だっけ?」
「それは吾の台詞じゃっ!!」
篝の背後には仁王立ちをしている女生徒――月海の姿があった。
手には空っぽのバケツ。それで水を降らせたようだ。
バケツの取っ手を持つ手はわなわなと震えており、相当怒ってる様子だ。
「なんど言えば分かるのじゃ、煙草はだめだと言っておろう?」
「それは僕の勝手だと思うけどな」
会話の内容から察するに今回だけではなく、何度もこのやりとりを繰り返しているようだ。
「ここは学校じゃ!校則で煙草はだめだと決まっているのじゃー」
「そうだね。あ、こっちは無事か……」
月海の言葉を軽く流して、篝は持ち物の安否確認中。
それが月海の癇に障ったようで。
「話を聞かんか!吾はこの学校の学級委員なのじゃ!汝のような授業にも出ずに煙草など吸おうとしている奴を放っておく訳にはいかぬ」
「そういう君は、授業どうしたの?」
苦笑気味に指摘する。
先ほどから一部の上級生が授業がないかのようにほっつき歩いているが、一年生は入学式、それ以外は通常授業中。つまり。
この場にいる二人とも授業をサボってここにいる訳だ。
「窓の外を見ていたら汝の姿が見えたので……」
「それで、わざわざ迎えに来てくれたんだ?ありがとう」
「注意しに来たのじゃ!汝、全く反省しておらんな……!」
悪びれる様子もなくさらっとお礼を言う篝に、今日という今日は許さん、と怒り心頭な月海。
「つーちゃん、かがりちゃん」
なおも言葉を紡ごうとする月海を遮った。
その声はどこからか聞こえる少女のもの。
それを聞いて、言い争っていた篝と月海は揃ってそちらの方角に目をやる。
二人の視線を受けて笑顔になる少女。
「草野?汝、何故ここに……」
「つーちゃん、一緒に来るもー」
「は?」
くさの、と呼ばれた少女の言葉に思わずと言ったところか間の抜けた声を漏らす月海。
「行ってきなよ、月海」
僕はもう一本、とまた煙草に手を伸ばす。
「それはダメじゃ。吾が預かる!没収じゃー」
「え、それは困るな」
渋る篝。譲る気はないようだ。
「かがりちゃん、それ、植物さんがいやって言ってるも」
「そっか、ごめんね」
ぽんぽん、と頭を撫でる。
そしてあっさりと煙草の箱をポケットにしまう。
「汝ぇえ!吾の言うことには耳も貸さんのにちびっこの言うことは聞くというのかっ!」
月海の怒りの声がその場に響いた。
――水火の仲?
(けんかは駄目なのー!)
仲はいいと思う。
(2010.08.17)
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