十八

一体何故今まで落ちたり飛ばされたりなどせずに此処に在ったのだろう。
結紐は特に結んである訳でもなく、ひょいと引っ掛けた状態で頼りなく風に揺れていた。

“あるはずのないもの”を目にし、いよいよ現実と夢幻の境が解らなくなる。
あれは夢であって夢ではなかったのだ、としか言い様が無い。

結紐を手に入れよう、と山崎は思った。
しかし良い手段が思い付かず、枝を見上げて呆然としていた。

高さは軽く見て一丈はありそうだ。容易くは登れまい。
軽装で来てしまった為、手持ちの忍具は仕込みの苦無のみ。
それを幹に打ち込んで足場とし、仮に上まで登れたとしても、その先は山崎の体重を支えられない様な細い枝となっている。

枝を狙って苦無を当てる事も考えたが、枝の強度等を考えた力加減は難しく、苦無が当たった時の衝撃で紐が跳ね飛んでしまう可能性を思うと今一つ踏み切る事が出来なかった。

結紐を見つけて輝いた目は、障害となる壁に当たって少し陰った。
途方に暮れた山崎が小さく溜め息をつく。
此処まできて、あれを目の前にして、諦める事など出来ない。
出来ないがしかし、どうする。

(ナマエ…)

彼女自身を見つめる時に似た熱の籠った眼差しを結紐にやりながら、その名前を呼ぶ。
ぐ、と強く奥歯を噛んだ。

突然、下から舞い上げる強い風が吹いた。
反射的に砂埃を避けようと両腕で顔を覆ったが、すぐに慌てて顔を上げた。
紐が飛ばされてしまう…!

山崎が結紐を目で捉えた時には、既に枝を離れて空を舞っている時だった。
しまった、という思いが、冷や水を頭から被ったかのような感覚となって全身を巡った。
咄嗟に動けなくなり、山崎はその場に釘付けになった。

強い風はすぐに止んだ。
舞い上がった結紐は段々と降りてきて、動けずにいた山崎の方へゆっくりゆっくり近付いてきた。

山崎が思わず両手を差し出すと、まるで誘われたかの様に結紐は綺麗に彼の手の中に収まった。

手から全身に稲妻が走った。
小刻みに震えながら大事に包み込むと、山崎はそれを額に押し当てた。

山崎は、想いの名残を手に入れた。

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