二人は言葉を交わさなかったが、互いの瞳がその心の内を雄弁に語っていた。

見つめ合う事暫し、山崎は握っている手と逆の手でナマエの頬に触れた。
やや面映ゆそうに目を伏せた彼女に顔を近付けると、彼女は素早く動いて山崎の頬に唇を押し当ててきた。

『!』

一瞬怯んだ山崎が繋いだ手を緩ませると、ナマエはそこからするりと手を抜いて後ろへ一歩身を引いた。
逃げられた、と山崎は思った。

『あちらへ。私の好きな場所で、見晴らしの良い所があります。
そこで座って団子を食べましょう』

普段は絶対に見る事のない無邪気な笑顔をこちらに向け、ナマエがこの先へ行こうと誘う。

『…ああ、そうしよう』

先程から痒い所に手が届かない様な、何となく思い通りにならないもどかしい感情が胸を占めている。
山崎が作ろうとする間(ま)を、ナマエに上手く外されている気がしていた。

風呂敷に包んで背に負っていた団子に軽く手をやってから、先に歩き始めたナマエを追って山崎も歩き出した。

ナマエの気に入りだという場所は菜の花畑が一望出来る所だった。
大きく繁った木の、太い幹の根元に並んで腰掛け、背を預ける。
ナマエが小袖を汚さぬ様に、彼女の尻の下には山崎の風呂敷が敷かれていた。

土産に買った団子は餡と磯辺。
勿論甘い餡の方がナマエだ。

どちらからともなく、頂きます、と言う。
一口頬張り、黙って口を動かす。
本当に長閑かで居心地が良く、山崎はナマエが気に入る理由が分かる気がした。

ナマエが水筒の蓋を外すのを見て、山崎も水分が欲しいと思った。
ごくりと嚥下するその喉元にぼんやりと視線を送ると、気付いたナマエが、どうぞ、と山崎に水筒を差し出した。
山崎は躊躇いながらそれを受け取った。

『…』

元から分け合うつもりでいたので水筒は一本しか持参していない。
水分を摂取するにはナマエが口をつけたこの水筒を飲む他ないのだ。

水筒を睨み付けたまま動かなくなった山崎を見てナマエは不思議そうな顔をした。
彼が何をしているか解せないからだ。

ナマエは知る由もなかったが山崎は今、内心で物凄い葛藤をしていた。

何度も口付けを交わしているというにも拘らず、山崎はナマエが口をつけた水筒に己の唇を重ねる事を意識してしまっていたのだ。

やがて意を決して水を飲んだのだが、上手いか不味いか、冷たいか温いかさえも分からなかった。
深い溜め息を吐き出した彼にナマエは首を傾げた。

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