待ち合わせる場所は、人通りの少ない大路に建つとある茶店。
山崎が町人の姿をしてそこへ向かうと、女が一人、茶と甘味を楽しんでいた。

町娘の姿をした若い女は山崎に気がつくと、顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。
服を着替えてきたナマエである。

長椅子の中央に座していたナマエは軽く腰を上げて脇へ移り、山崎に隣りに座るよう無言で誘った。
山崎は空けられた場所にゆっくりと腰を下ろした。

『待たせてしまっただろうか?』

『いえ、私も先程着いた所でしたから』

何気ない会話の中で目が合うと自然と顔が綻び、今の二人は誰がどう見ても恋仲であると解る雰囲気を呈している。

手を伸ばせばすぐ届く距離に相手がいて、話をしているだけで幸せだと感じる、その心情が外側に溢れ出しているのだ。

『…やはり君はその姿がよく似合うな』

女着物を纏って凛とした姿勢でいるナマエをしげしげと眺め、感慨深げに山崎は言った。
するとナマエはくすくすと笑い、

『有難うございます』

と言った。
口にしてから山崎は、女性に対して小袖姿が似合うなど、配慮のない言葉だっただろうかと内心で焦ったが、当のナマエは何処か機嫌が良さそうであるのであまり気に病まない事にした。

今日は晴天で暖かくはあるが、長椅子の位置が日陰にあるため些か肌寒い。
店の奥から主が姿を見せ、ご注文は、と言うので、山崎は熱い茶を一杯頼んだ。
すぐに運ばれてきたそれに口を付けて、山崎は目線を少し上にやった。

一本の立派な桜が美しく咲き誇っている。
広く伸ばされた腕のような枝にあらん限りの花をつけているその様は圧巻の一言に尽きる。
時折ひらひらと花弁を舞い散らせる様子は幽玄を感じさせ、見る者の心を奪う。

芽吹いたばかりの若葉が花の後ろに見えている辺り、間も無く花の時季を終えるのだろうと考えられる。
天気も良く、こうして愛でるには今日が最良ではないか…と、山崎が束の間放心気味に物を思っていると、

『!』

隣にいたナマエが不意に距離を詰め、山崎にぴたりと身体を密着させた。
突然の事に驚いた山崎が彼女を見ると、ナマエは少し首を竦めて上目遣いに山崎を見返した。
口元には弧が浮かべられている。

『…少し熱を分けて頂けますか』

少々冷えてしまいました、と続けた悪戯童の如き物言いが普断の彼女と違い非常に可愛らしく、山崎の心を強い力で掴んだ。
力一杯掻き抱きたい衝動が起こったが此処は人目のある外である。

煮え立つような欲をぐっと抑え、山崎は柔らかく笑うと彼女の肩に腕を回し、優しく抱き寄せた。

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