『…』

己が寝ている事にも気付かない山崎の頬を、誰かの手が撫でた。
どんなに疲れていようとも、自分に近付く気配を感じられない山崎では無い。
彼は酷く驚き、は、と目を開けた。

すると、目の前に少し驚いた顔をしたナマエが立っていた。
山崎が目を覚ますと、驚いた顔は柔らかい微笑みに変わった。

『よくお休みでしたね』

くすくすと笑ってナマエが言う。
完璧に油断をしていた山崎は少し気まずそうに視線を逸らせて咳払いをした。

屈めていた背を起こして、ナマエは眠そうな山崎を見ながらこう言った。

『…では、早めのお支度を。
こちらはもう何時でも出られます』

『…支度?』

一体何の事か、と山崎が首を捻ると、彼がまだ寝ぼけていると思ったらしいナマエは少し笑いながら息を吐いた。

『本日我々は、午後から休みを頂いております。
滅多に無い機会だから共に出かけようと仰ったのは…烝さんでしたでしょう?』

山崎の名前は一段声を潜め、彼の耳元で囁く。
その行為が二人だけの秘密のように感じられ、彼等は視線を交えてくすぐったそうに笑んだ。

言われてみればその様な気がしないでもない。
そう言えばそうだっただろうかと、まだ半分眠ったままの頭で山崎はぼんやり思った。

『私は別所にて着替えを済ませてから参ります。
そちらの支度が済みましたら、いつもの場所で落ち合いましょう』

ナマエの手には風呂敷包みがある。
恐らくそれには女物の着物や小間物などが入っているのだろう。

『ああ、解った』

忍びの習い性で音も立てずに腰を上げ、山崎は穏やかな光を目元に湛えてナマエを見た。
ナマエも彼を見返し、少しだけ面映ゆそうに笑った。
山崎はその表情を甚く可愛らしい、と思った。

では、と言って互いに別れ、それぞれの用を成しにゆく。
これは日のあるうちからの逢引も同然だと思うと、自然と口元が緩みそうになり、非常に危険だ。

監察方の部屋に戻ると山崎は口元を手で覆い、支度をする前にまず、激しく昴ぶった気を静める所から始めたのだった。

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