斎藤君の手にもマグカップ。
彼も飲み物を入れにきたみたい。

『別に?肩に糸屑がついてたから、取ってあげようとしただけだよ?』

そう言って沖田君は私の肩を軽くはたいた。
やだ、本当に何かついてたのかな。

『白々しい嘘を吐くな』

つかつかと足早にやってきた斎藤君は、私の腕を掴んで背に庇い、沖田君との間に入り込んだ。

『…』

『…』

睨み上げる斎藤君に、楽しそうに見下ろす沖田君。
視線が交わること暫し。

先に動いたのは沖田君だった。

『一君ってさ、本当にからかい甲斐があるよね』

両手を肩より上にあげて“まいった”のポーズをしながら、沖田君は一二歩後ろに下がった。
斎藤君はまだ睨んでるみたい。

『そんなに怖い顔しないでくれる?
大丈夫だよ、今回は何もしてないから』

『…今回“は”?』

沖田君の発言に一部引っ掛かる点があり、斎藤君がそこを強調して聞き返した。

『一君がボケッとしてると危ないよ?
ナマエちゃんの事、僕や誰かさんが攫っちゃうかも』

『!』

『総司っ…!』

沖田君はなんてことを…!
凄みの効いた声で斎藤君が少し声を荒らげると、沖田君は特徴的なアヒル口で不敵に笑ってみせて、しなやかな動きで給湯室から去っていった。
本当に彼は何を考えているのか解らない。

『…』

斎藤君が動かない。
少し待ってみるものの、何故か彼は一ミリも動かなかった。

『…あの、斎藤君?』

出入り口を向いたまま動かない彼に声を掛けると、彼はゆっくりとこちらを向いた。

『ナマエ、』

何を言われるのだろうかと身構えると、ヤカンの笛が鳴った。
お湯が沸いたのだ。
火を止めて注ぎ口の笛を開けると、思いの外熱くなっていた。

『熱っ!』

弾かれたように私が手を跳ね上げると、斎藤君が唐突にその手を掴んだ。

『!』

出入り口から給湯室の中は見えないようになってはいるけど、万一こんなところを誰かに見られでもしたら大変だ。
社内恋愛が禁じられている訳ではないが、何かと面倒を招く気がするので、私たちが付き合っている事はごくごく一部の人にしか知らせていない。

斎藤君は握った私の手を自分の心臓に導いた。
何となくふりほどけなくて、私は成すがままになった。

『同じ職場の人間故、口を利くなというのは難しいが、』

そこまで言うと、その先の言葉を言い淀んで斎藤君は苦悶の顔をした。
その表情に、不覚にも私の胸はきゅっと甘く締め付けられた。

『…あまり、総司に近付くな』

掠れた声に、二つ返事で了承しそうになった。
彼に乞われると何でも“うん”と言いそうになる。
不思議な事だ。

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