十七
『千束、』
三つ子の挨拶が終わった所を見計らい、ミョウジが手を伸ばしながら長男の名を呼んだ。
呼ばれた彼は不思議そうに二三瞬きをし、縁側に身を乗り出して母に近付いた。
ミョウジは長男の前髪をよけるように下から手を差し入れ、額に手の平を当てた。
熱を診ているのだ。
『風邪?』
ナマエが尋ねるとミョウジは小さく笑って、ううん、と言った。
母に触れられた千束はくすぐったそうにしている。
『この子、何かの催しっていうとよく熱を出すの。
今朝も熱が高かったんだけど、』
額から手を離し、前髪を整えてやる。
千束は面映ゆいらしく、笑いながら首を竦めた。
『今はもう大丈夫みたい』
手の平に感じた温度は朝に比べて随分下がっていた。
こうして庭を駆けずり回っている辺り、体調はすっかり良いのだろう、とミョウジは思った。
『さて、』
ミョウジは三つ子達に足を洗って来るよう言いつけ、侍女に茶の用意を頼んだ。
彼等が去ってナマエと二人になると、ミョウジはゆっくりと立ち上がった。
『お茶でも飲みながら、中で少しお話ししましょう?
不知火の里のお話し、聞きたいなって思ってたの』
ミョウジに微笑まれて、ナマエも笑顔で頷いた。
色々な話をしたいと思うのはナマエも同じである。
ミョウジは幾つかある客間の中で、少し奥寄りにある場所を選んでナマエを案内した。
距離の問題で言えば、先程いた所からすぐの所にも客間はあるのだが、此処でなければならないと彼女は思った。
『どうぞ』
『有難う、失礼します』
ナマエを中へ入れ、ミョウジは障子を閉めた。
『不知火のお屋敷も広いと思ってたんだけど、風間のお屋敷も負けず劣らず広いのね』
はあ、という感心しきった声を洩らしてナマエが室内をぐるりと見渡す。
その目が床の間を捉えた時、ナマエは動きを止めた。
『あ、』
床の間には掛け軸や花器が飾られている。
それと共に三味線が立て掛けられており、ナマエはそれを見つけたのだ。
ミョウジは彼女のその様子に気付いて笑みを浮かべた。
この部屋に連れてきたかったのは、三味線が好きなナマエにこれを見せたかった、という所に理由があったのである。
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