十六
ミョウジとナマエはその場に膝をつき、ゆっくりと正座をした。
『母上、こちらの方はお客様でございましょうか?』
そう言ったのは三つ子のうち、唯一の男子。
風間をそのまま小さくしたかのようなその容貌に、ナマエは思わず顔を綻ばせた。
ミョウジは長男の言葉に頷いてみせ、順番に挨拶をするようにと言った。
彼は緊張ぎみに背筋を伸ばした。
『おはつにお目にかかります!風間家長男、千束ともうします!
えっと…』
続きの言葉を言い淀む千束に首を傾げると、隣の少女が吐息の声で“本日は”と耳打ちした。
『あ、…本日は風間の里へおいでくださり、心よりかんしゃ申し上げます!』
最後に一礼し、千束は満足げに鼻の穴を大きくした。
この日の為に三つ子達は挨拶の仕方を練習したのだろう。
もしかしたら言葉の意味は理解せず、口上として暗記しただけかもしれないが、彼等の懸命さと可愛らしさが強く胸を打った。
…ちゃんとした挨拶にはちゃんとした挨拶をしないとね。
ナマエは内心でそう考えた。
子が相手では、はじめまして、や、宜しくね、など、何も飾らない口の利き方をしようと思ったが、同等の質のものを返さねば彼等に失礼になるだろう。
ナマエは千束の言葉に合わせた口上を選んだ。
『本日はお招き頂きまして誠に有難うございます。
不知火家正室、ナマエと申します。
…こちらは息子の陽にございます』
腕の中の息子の顔が三つ子に見えるよう、ナマエは身体を前傾させた。
わあ!という歓喜の声が上がる。
『暫くの間ご厄介になります。
どうぞ宜しくお願い申し上げます』
深く頭を下げたナマエに続いて、三つ子達も深々と頭を下げた。
礼を直ると千束が、千賀、と隣の少女の名を呼んだ。
呼ばれた少女は一度息を大きく吸って、上唇で下唇を食んだ。
『…同じく風間家長女、千賀ともうします。
遠路はるばるようこそお越しくださいました。
こよいは旅の疲れをゆっくり癒し、心ゆくまでお寛ぎくださいませ』
たおやかな動作で一礼した千賀は、千束よりお喋りが得意らしい。
兄に助け船を出してやったり、先より長い挨拶を閊(つか)える事なく言ってみせた彼女は、やはり誇らしげな顔をしていた。
千賀への一礼をすると、次は私だと言わんばかりに隣の少女が一歩前に出た。
『同じく風間家次女、千瀬ともうします!
わたくしたち風間家の子は、不知火家の皆様を心よりかんげいいたします!』
満面の笑みでそのように言われると嬉しくならない訳がなかった。
ナマエは千瀬に微笑んで、深く頭を下げた。
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