十一
『…』
ナマエはうっかり開きそうになる口を何とか閉じて、通された広間の内部を繁々と見回した。
早々に胡座を掻いて寛ぐ不知火の斜め後ろに、小さくなって正座する。
息子は父の足の間に横座りし、親指を銜えている。
もしかしたらまた眠くなってきたのかもしれない。
天霧は、少しの間お待ち下さい、と言い残して先程出ていった。
華美。絢爛。豪奢。
ナマエの頭をこういった類いの言葉が占めていた。
屋敷とは住む者の心を表すとナマエは考える。
不知火を主として存在する不知火家の屋敷は、全体的に何処と無く形式に囚われない、威勢を感じさせる作りであると感じているが、風間の屋敷にはそういった雰囲気が全く感じられない。
梁や柱に施された彫り物細工や金の装飾。
床の間に飾られた花や器なども、見れば見る程豪華に思える。
風間の当主とは派手好きで華やかな方なのではなかろうか、などと思っていると、遠くから廊下の板が軋む音が聞こえた。
『お?お出ましか?』
後ろに手を突いて仰け反っていた不知火は、不敵な笑みを浮かべて身体を前傾させた。
ナマエは反射的に指を揃えて畳につき、深々と頭を下げた。
畳の目を見つめながら、頭の上のやりとりに意識を傾ける。
二人分の足音が室内に入ってきた時、不知火が隣で浅く笑う声がした。
『久し振りだな!』
二つ分の衣が擦れる音がする。
恐らく腰を下ろしているのだろう。
『本当にお久し振りです、不知火さん』
不知火の言葉に応えたのは柔和な女性の笑みを含んだ声だった。
ミョウジ様だ、とナマエは思った。
遅れて、深く重い溜め息が聞こえ、
『再び貴様の顔を見る事になろうとはな』
という、非常に重厚な声音が聞こえた。
これが風間の当主とやらだろう。
不知火が何か噛み付こうとした所を女鬼の声がやんわりと制し、その後に男鬼の声で、ふん、と笑う声がした。
『…ナマエとやら』
風間の声が自分の名を呼んだ。
ナマエは短く返事をした。
『斯様(かよう)に畏まらずともよい。
頭を上げて楽にしろ』
はい、と返事をして恐る恐る頭を上げると、そこには上座に置かれた肘掛けに頬杖をつく風間と、その隣でにこやかな表情をしているミョウジの姿があった。
『…』
ミョウジは目が合うと嬉しそうな笑みをいっぱいに浮かべた。
その顔にいつの間にか感じていた緊張感がすっと解れ、彼女に対して親しみを覚えた。
ミョウジもナマエも互いを一目見て、この方とは馬が合いそうだな、と感じていた。
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