まだ柔らかで壊れてしまいそうな、腕の中の三女に目を落とす。
赤子は時折、極々小さな声で、うー、とか、あー、などと言っていた。

風間と自分の愛の結晶であるこの子を見ていると、幸福が心を満たす。
この子自身が幸福の気でも発しているかのようだ。

『…未だに思ってしまうのです』

ナマエが口を開いたので、風間はその言葉に耳を傾けた。

『私は夢でも見ているのではないだろうか、と』

ゆっくりと顔を上げ、奥の方に憂いを隠した眼差しを風間に送る。

『何故だか解らないのですが…此処に居ても良いのか、という思いに駆られることがあるのです』

本当にどうしてだか、と、最後に口の中で小さく呟いた。
風間はそんな妻の様子を静かに見つめていた。

そして鼻から大きな溜め息を吐いた。

『…全く。この俺がこれ程までに愛してやっているというのに』

言葉が一度切られる。
夫の気分を害してしまったかと、ナマエは斜め下へ顔を背けた。

言われてみれば確かにそうだ。
この上ないほどの幸せを与えられているのに、それを素直に喜べない自分は強情なのだろう。

この身に受けた数々の恐怖や不幸は、既に過去のものと割り切ることがどうして出来ないのだろうか。
ナマエは己の不器用さを恨んだ。

すると、風間からこんな言葉が飛び出した。

『まだ足りぬというのなら、更にたっぷりと愛でてやるまで。
早速今宵だ、仕度をして寝所で待つが良い』

『…え?』

予期していた反応とだいぶ異なる言葉に、ナマエはつい呆気に取られてしまった。
風間は、何か面白い悪戯を思い付いた様な笑みを浮かべてナマエを見返している。

ちょっと待ってほしい、自分が言いたいのはそういうことではなく、話が少しずれているような。

『あの、』

言いかけた言葉は、突然の深い接吻により風間の口の中へ消えていった。

『……!!』

一瞬気持ちのよさに頭が白くなりかけたが、子達や下人達の存在を思い出して一気に頬が紅潮した。
だがしかし、ナマエが身を引くより先に風間の方から離れていった。

子達は気付かない。
下人達は皆見て見ぬふりをしてくれている。

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