二十
一段落ついた所で千鶴と千歳が近寄ってきた。
『千賀を泣かせたね、父様』
千賀のすぐ傍に千歳が腰を下ろした。
彼女の背にそっと掌を当て、悪戯童の様な笑みを浮かべる。
土方はばつが悪そうに、うるせえ、と言って外方を向いた。
その姿が千賀の思い描いていた土方像と大きく異なって可愛らしく、今までの心象とのあまりの落差につい笑ってしまった。
土方と千歳が同時に自分を見たので、千賀は慌てて口元を隠した。
『隠すんじゃねえよ』
ぶっきら棒だが暖かさのある声色で土方は言った。
『お前はそうやって笑ってろ』
その口元に柔らかい笑みが浮かんだのを見て、千賀も釣られて顔を綻ばせた。
『…はい』
土方は一つ頷いて、満足そうに更に笑みを濃くした。
それを見ていた千歳にも、温かく嬉しい気持ちが満ちた。
『千賀ちゃん、』
少しの間、囲炉裏を囲んで三人で話をしていると、勝手場の方で千鶴が千賀を呼んだ。
『はい』
返事をして声がした方へ急ぐ。
千鶴は千賀が近づいたと知ると、あ、と声を上げた。
『これから夕餉の支度なの。手伝って貰ってもいい?』
『はい、ち…』
今までの習いでつい“千鶴様”と呼びそうになり、慌てて言うのを止めた。
千鶴はもう我が母である。
気付いた千鶴はくすくすと笑い、
『千賀ちゃんの呼びやすい様に呼んでくれていいよ?
私も、今までみたいに千賀ちゃん、って呼ぶから。ね?』
と言った。
その気遣いは大変有難かったが、真面目な千賀は本当にそうしても良いものかと戸惑った。
『しかし…』
『いいのいいの。
私ね、千賀ちゃんが娘に来てくれて凄く嬉しいの』
千鶴はそう言いながら夕餉の支度の手を動かし始めた。
千賀は慌ててその手助けをした。
『歳三さんもそうだけどね、私も千賀ちゃんがうちに来てくれて本当に嬉しいの。
早くこの家が、千賀ちゃんの本当の家と同じくらい安らげる場所になったらいいなって思ってるんだよ』
妙に母親ぶったりせず、まるで友人に話し掛けるような普段の口調で千鶴は語る。
それが、彼女が嘘を言っていないと千賀に強く思わせた。
『…姉様もこんな思いだったのかな?』
『母が、ですか?』
姉様という言葉がナマエを指していると察して、千賀は少し表情を変えた。
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