十九

千鶴が戸を開けた瞬間にふわりと暖かな空気が千賀の頬を撫ぜた。

『さあ、どうぞ入って?』

促されて中に入る。

『失礼致します』

囲炉裏で暖められた空気は板の間全てを満たし、外気の寒さをまるで感じさせなかった。
無意識のうちに寒さで強張った身が解れる思いがした。

『おう、来たな』

囲炉裏の向こうで人影が動いた気配がして、千賀ははっとして目をやった。
土方だ。

只今戻りました父様、という千歳に軽く声をかけて、土方は再び千賀に目線を向けてきた。
千賀は緊張したが、すぐにそれは霧散した。
こちらを見るその目がとても暖かかったからだ。

『ご無沙汰致しております、土方様』

そう言って千賀が深く頭を下げると土方は少し笑った。

『土方様はねえだろ。今日からお前も土方だぞ?』

『申し訳ございません…!』

気分を損ねたかと、千賀は焦った。
解けたばかりの緊張がまた戻ってきた。

すっと頭から血の気が引く思いがし、直ぐ様その場に座して平伏(ひれふ)した。
大事な一歩目がこれでは先行きが不安だと、困った嫁だと思われたらどうしようかという思いで一杯になり、内心で大汗をかいていた。

向こうから、あー…という声があって、それから土方の声で千賀の名が呼ばれた。
顔を上げると土方は自分のすぐそばを指差していた。

『こっち来い。そこ座れ』

『…はい』

千賀は気付かなかったが、千歳と千鶴は遠目から面白いものを見るような顔でいた。
土方はそれを気付いていて、とても困惑した表情を浮かべていた。

千賀が土方のそばに静かに腰を下ろすと、土方は頭の後ろを二三度掻き、それから息を大きく吐きながら両手を袖に突っ込んで腕組みをした。

『…その、なんだ。あんまりそう硬くなるな。
風間のことは面白くねえ奴だと思っちゃいるがな、お前のことは結構気に入ってんだ』

土方の目をじっと見つめて話を聞いていた千賀は、その言葉を聞いて瞠目した。
土方は目元を柔らかく細めて千賀の頭に手を伸ばした。
ぽんぽんと、優しくその頭を叩く。

紫の優しい眼差しを受けながら、千賀はそれが千歳の笑った顔によく似ていると思った。
いつか千歳もこの方のようになるのだろうか。

『…よく来てくれたな。
今日からお前は千歳の嫁で、俺の娘だ』

耳に届いてからややあって、その言葉がすとんと胸に落ちてきた。
言葉に込められた意味を想った時、千賀の目から大粒の涙が溢れた。

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