二十一

千鶴は根菜の皮を剥きながら、まるで大切な宝物の箱を開けるような雰囲気で口を開いた。

『随分前に、私と姉様は京で会ったことがあるのね、』

千賀は、はい、と応えた。
両親が鬼の交わした約束のために、京で暫く暮らしていたことは千賀も聞いている。
その時に千鶴に会ったことも、互いの立場が対立するものであったことも母の口から聞いたことだ。

『その時に、私は“ナマエさんの様な姉がいたらいい”と言ったの。
雪村の家で過ごした記憶は私には無かったし、姉様のことも覚えてなかったから』

そう言った千鶴の顔が本当に悲しそうで、見ている千賀も何となく沈んだ気持ちになった。
皮を剥いて適当な大きさに切り、千鶴はそれを空の鍋に入れた。
千賀も処理していた野菜を千鶴の指示で別の鍋に入れた。

『姉様はその時、優しそうに笑って、私みたいな妹がいたらいいって思ってたって言ったの。
それが、凄く嬉しかったな…』

ふ、っと千鶴の表情が和らいだことが千賀の目にはっきり見てとれた。
その顔が子らを慈しむ時のナマエの顔にそっくりで、千賀は思わず二三度瞬きをした。

様々な野菜が入った別々の鍋にそれぞれ水を張り、同じ調味料を微妙に量を変えて順番に火に掛ける。
炊き合わせを作るのだと千賀は理解した。

『妹と娘じゃ大分違うけど、でも今、何となくあの時の姉様の気持ちが分かった気がしたの。
ずっと前から知っていて、同じ鬼の血を持っていて、故郷が同じの、近しい存在』

火加減を見るのに屈めていた腰を伸ばして、千鶴は千賀に顔を向けた。

『いとおしい、って言うのかな。こういう気持ちって』

少し照れを含んだ千鶴の笑みはとても人懐こい。
その表情がそのまま千鶴という人を現しているようで、千賀の心は自然と安堵を感じていた。

この家ならば、この家族ならば大丈夫だ、と。
何が大丈夫かは漠然として自分でもよく解らないが、良い嫁として精一杯尽くすに値する人物であるということは千賀の中ではっきりしていた。

鍋からは暖かな湯気が上り始めた。
出汁と醤油のいい香りがする。

風間の里に比べてかなり質素な土方家の膳は、これと白飯と味噌汁のみだという。

『千鶴様、それは私が』

『あ、有難う!じゃあ私はこっちを持っていくね』

千鶴と千賀は器に料理を盛ると、先程より丸く柔らかくなった空気でそれぞれの夫が待つ板の間へと向かった。

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