十七

『ん、』

千賀を抱いたまま歩いていた千歳が、喉の奥で小さく声を発した。
目線の先にぽつんと一軒、建物の影が見える。
千歳の両親が、即ち土方と千鶴が待つ家だ。

『着いた』

『うん』

千賀の呟きに軽く返事をして、よいしょ、と、千歳は千賀を一度揺すり上げた。
そしてそのまま雪を蹴り、家の方へ“跳んだ”。

『跳ぶなら跳ぶって言って!』

と叫ぶ千賀に笑い声で応える。

家の傍に着地し、千賀を下ろしてやる。
裾を払って着物の乱れを整える彼女を待って、千歳は千賀の手を取った。
そしてそれをしっかりと握り、不思議そうに見上げてくる紅の眼を真摯な思いを込めて見つめ返す。
千賀は何かを察して顔つきを変えた。

『今日まで長かったね』

『…うん』

千歳の声に冗談の類は感じられない。

『この日を、ずっと待ってた。
大好きな千賀を、俺のものに出来る日を』

『うん』

『風間の父様は今も俺達の事を良く思ってないみたいだけど、それでも、だからって、俺は千賀を手放したりしないよ』

風間は可愛い長女が遠方に、しかも土方の子のもとに嫁ぐ事を最後の最後まで良しとせず、どうしても一緒になるというのなら、二度と里の地を踏めぬものと思え、と、半ば勘当する形で千賀を嫁に出したのだ。

二人は、特に千賀は、それをずっと後ろめたく感じている。
何故お認め下さらないのですか、でしたら父上などもう知りません、と、啖呵を切って薩摩を発ったものの、やはり内心では灰暗いものが渦巻いていた。

千歳は千賀の両手を握り直して言葉を続けた。

『もし本当に二度と風間の里に行けなくても、そんなの悲しくないくらい、千賀のことは俺が幸せにする。
…これからずっと、一緒にいよう』

彼がくれる言葉の一つ一つに、自分に向けられた深い愛情を感じる。
彼に触れているのは両手をだけだが、千賀は今、千歳に抱かれているように感じた。

『…不束者ですが、どうぞ末永く、宜しくお願い致します』

目と声を震わせて、千賀がたくさんの想いを込めて答える。
千歳はそれを柔らかな眼差しで受け止めた。

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