十六

好いている、という言葉を受けて、千歳は初めて全てを理解した。
何となく靄掛かっていた頭の一部が急激に晴れ渡ったかのようである。
成程、そういうことだったのかと、彼は心の中で呟いた。

千賀が気になるのも、不思議と庇護欲のような感情が起こるのも、風間の兄弟姉妹の中で彼女だけが特別に見えるのも、全ては恋慕の情が為していたことだ。

千賀を柔らかく抱きながら、千歳は彼女の耳元に心からの言葉を告げた。

『俺も、千賀を好いているよ』

は、と息を飲む音がして、千賀が勢いよく頭を上げた。
大きな目をさらに大きくして、その双眸いっぱいに千歳の顔を映した。
しかし言葉は出ないようで、ただじっと彼の顔を見ている。

その仕草が甚く可愛げに感じられて、千歳は自然と目を細くして彼女を見返した。

『…!』

瞬間、千賀の頬にさっと朱が差し、そうかと思った時には外方を向いてしまった。

『なに?』

頬を自分の胸に押し付ける形でこちらに顔を見せようとしない千賀を、千歳は顎を引いて何とかそれを見ようとした。

『いや、顔見ないで』

千賀は俯いてそれを拒んだ。

『どうして?』

千歳は彼女の顔を両手で挟んでこちらを向かせるという強行手段に出た。
無理に向かせた為、顔が歪んでお多福の様な表情になり、それが少し面白かった。

頬の赤いお多福の顔で、千賀は、恥ずかしいから、とぼそぼそと返事した。
千歳はそれを楽しげに笑い飛ばした。

『千賀って可愛いね』

『!!』

笑いながらその様な事を言われて、千賀の顔は益々赤くなった。

それが彼等の馴れ初めだった。

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