千賀の記憶はそこから先がなかったが、勿論続きがある。

土方家が座してすぐ、先に口を開いたのは風間の方だった。
いつもの他者をこき下ろす口調で、

『ふん、何だその腑抜けた顔は。
壬生狼の頭ともあろう者が、随分と丸くなったものだな』

と言った。
その言葉を受け、土方もまた鼻で笑い飛ばし、

『はっ、てめぇにだけは言われたかねえな。
残虐無慈悲な鬼の大将さんが大事そうにガキを抱いてるなんざ、俺は夢にも思わなかったぜ』

と応じた。

千鶴は勢いに若干たじろいでいたようだが、ナマエは内心で仕方のない方々だと思って苦笑していた。
あまりに喧嘩言葉の応酬が続くようなら自身の気で場を制すればいいと思っていたせいか、彼女は比較的悠長に構えていた。

しかしそれは杞憂に終わった。
ほぼ同時に千賀と千歳がむずがりだし、父親たちはそれぞれ己の子をあやしに掛かった。
一瞬で彼等から何処か張っていた気配が霧散したのだ。

時代が変わり、立場が変わった。
京という魔物が棲む地からも離れて久しい。
土地から知らず知らずの内に当てられていた毒気も抜けたのだろう。
長い時をかけ、彼等の妻子が彼等の荒んだ心を癒したのだろう。
彼等は本当に変わった。

土方は、ほら、泣くんじゃねえ、と言って我が子を優しく揺すっている。
風間は、両腕で包み込むように抱きながら己の袖で我が子の涙を拭ってやっている。

ナマエがふと千鶴を見ると、彼女もこちらを見ていた。
その何処か呆気にとられた表情に、ナマエはにっこりと笑いかけた。



父親たちの思いに応えて子たちが泣き止んだ所で茶菓子が運ばれてきた。
漸く和やかな時が流れる。
話はナマエと千鶴、土方が交わす中に時々風間が茶々を入れるという形で成された。
あの日大坂城で別れてから数年分の時間が埋まっていく。

話はとっぷりと日がくれてからも続き、夕餉の刻になっても続いた。
いよいよ夜だということで、風間は下仕えの者に言って酒を持ってこさせ、それを土方にも勧めた。

一瞬渋い顔をした土方の様子を見逃さず、風間はにやりと意地の悪い笑みを以て、無理にとは言わぬが、と言った。
土方はそれに反応しない訳がなかった。

止してくださいと懇願する千鶴が止めるのも聞かず、風間が勧めるままに酒を呷り、そして。

『歳三さん!』

『…』

銚子を一本空けたと同時に後ろにひっくり返った。

風間は傑作だと言って声を上げて笑い、ナマエは慌てて侍女たちを呼ばわった。

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