六
ざくざく、という足で雪を刻む音がする。
膝は軽く埋もれる程の雪道に、二人分の足跡が平行線を作っていた。
しかし片側の足跡は何処か歩幅が定まらず、箇所によって狭まったり広がったりしていた。
『千賀、』
名を呼ばれ、千賀は顔を上げた。
肩で息をする彼女とは対照的に、千歳は涼しげな表情で彼女より二三歩前に立っていた。
北の雪に慣れていない千賀の足取りは覚束無く、見ていて危なっかしい。
時折雪に足を取られて両腕をばたつかせている。
鬼の脚力を用いて雪道などひとっ飛びすればよいものを、千賀は少しでも二人きりでいたいからと、ゆっくり歩くこの方法を敢えて選んでいる。
『ほら』
千賀の気持ちは解らなくも無い。
千歳にもそうしたい気持ちが何処かにあった。
千歳は柔らかく笑って、彼女に向かって手を差し出した。
このひと時ですら愛しいが、この分で行くと今夜は野宿をするはめになる。
千賀は照れくさそうに笑い、差し出された手に己の手を重ねようと躍起になった。
それがいけなかった。
案の定千賀の身体は前につんのめり、深い雪へ“大の字”を刻み込む所だった。
『っと、』
それを千歳がすんでの所で阻んだ。
千賀の身体を抱き留めたのだ。
『ごめんなさい』
『いいよ』
照れて赤くなった顔を見られないように、千賀は再び俯いた。
そんな彼女の身体を支え、真っ直ぐ立てるよう抱き起こしてやった千歳は、顔を上げようとしない千賀の身体から手を離さなかった。
『あ、あの、千歳…?』
千賀は耳まで赤くなった。
幾らかしか違わないが、自分より年上の女性が自分の成した事に反応を示し、照れている姿というものが大変可愛らしく思える。
愛した存在なら尚の事だ。
千歳はにやりとした笑みを浮かべると、そのまま彼女を横抱きに抱え上げた。
『きゃっ!』
急に視界が変わり、咄嗟に千賀が千歳の首筋にしがみつく。
それが嬉しくて、千歳は彼女を抱く腕に一層力を込めた。
『こうして行こう。千賀歩くの遅いから』
何か反論しようとする彼女の返答を聞かぬまま、千歳は満足げに歩き出した。
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