五
まさかナマエの出迎えがあろうとは思いもしなかった千鶴は、門前に立つその姿を見て酷く驚いた。
ナマエに近付こうとする歩調が自然と早まる。
気持ちは同じの様で、気付けばナマエもまた千鶴に向かって歩き出していた。
『姉様!』
表情がはっきりと解る距離にまで近付いた時、堪らず千鶴が呼び掛けた。
『千鶴…!』
手を伸ばせば指先が掠る距離になった所でナマエが応えた。
そして昔と同じように両手で千鶴の両頬を包み、愛おしむ気持ちを込めて額を合わせた。
『来てくれて有難う…!』
久し振り、無事でよかった、元気だったか。
掛けたい言葉は溢れる程だったが、口をついて出て来たのは謝辞であった。
一方の千鶴も胸が熱くて言葉に詰まっていた。
ふるふる、と緩く首を横に振ると、閉じた瞼の端から涙を零し、絞り出す様にして、
『…お招き、有難うございます』
と言った。
夢にまで見た出会いに身体が打ち震え、互いが動けずにいると、機を見ていたかの様に千鶴の腕の中で子が憤(むずが)りだした。
ナマエがすまなそうに笑って離れると、千鶴の後ろから土方が近付いて来た。
彼も様子を窺っていたのだ。
端正な顔に浮かべられた柔らかな笑み。
そこから彼の心の穏やかさを感じる。
ナマエは微笑みを返し、この度は遠路はるばる、と、口上を述べて頭を下げた。
土方の凛とした立ち姿に目を奪われる。
これがまもなく不惑の年を迎えようという人間だろうか。
大阪城で見た時より確かに年を重ねた感があるが、しかしそこに老いは全く見られない。
今でも刀を持たせれば、京にいた頃と同じ位立ち回れそうな雰囲気を漂わせている。
良い年の取り方をしていると思わせるのは、やはり千鶴の存在が大きいのだろうと思われる。
立ち話も何だから、と、ナマエは彼等を中へと誘った。
遣い役の男鬼に荷運びの後に下がって良い旨を伝えると、彼は短く頭を下げて先に邸宅内に入っていった。
『その子がそうなのね』
先達(せんだつ)をしながらナマエが千鶴の腕の中を覗き込む。
赤子は目を閉じたまま時折口を開閉させていた。
『はい。…千歳、です』
やや照れを含む笑みで千鶴が答えた。
土方と千鶴、二人の名を一字ずつ継いだ名は、正しく彼等の愛の結晶である証だろう。
良い名前だと言ってナマエが褒めると、千鶴が満面の笑みで土方を見上げた。
その笑顔を受け止めて優しく見返す土方の眼差しに、二人を見ているナマエまで胸が温かくなった。
それから暫く歩いた所で目的の部屋に辿り着いた。
風間と三つ子の待つ部屋である。
少しの緊張を感じながら、ナマエは襖を引く手に力を込めた。
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