二
千鶴の書簡が届いたのは、風間家に生まれた三つ子が言葉を覚え始めた頃だった。
風間の里への宛先は、恐らく以前一度千鶴のもとを訪れた事のある不知火から聞いたのだろうが、突然の事に風間夫婦…特にナマエは大変驚いた。
頭領である風間より先に書簡に目を通す事を許され、ナマエは逸る気持ちを抑えながら封を開けた。
九州の季節はまだ秋だったが、書簡からは冷たい空気の匂いがした。
中には、風間やナマエを気遣う挨拶から始まり、千鶴が日々を営む北海道の様子や土方の事などが書かれていた。
その文面から、彼女が幸せに満ちた毎日を過ごしているのだということが伝わってくる。
愛する人の腕に抱かれて幸せそうに笑む千鶴の顔を思い浮かべながら、ナマエは一字一句を愛おしみ、大事に読み進めていた。
そして風間は温かな眼差しをしている妻を充足した気持ちで見つめながら、窓際で茶を飲んでいた。
『まあ…!』
それまで静かに書簡を読んでいたナマエが声を上げたので、風間は思わず、
『どうした』
と声を掛けた。
ナマエは輝く目で顔を上げ、風間を見た。
何かを言おうとしたがしかし直前でそれを止め、視線を逸らせてしまった。
何かを危惧し、言い倦(あぐ)んでいるのだ。
『言え』
怒りなどせぬ、という言葉が言外に表されている声色だった。
少し躊躇いながらナマエは言った。
『千鶴が、子を…産んだそうです』
それ即ち、伴侶である土方との子である。
ナマエは勿論手放しで嬉しいのだが、土方は人間で、新選組である。
人間を蔑む所があり、また、新選組にただならぬ執着を見せる風間が何と思うだろうかと、ナマエはそこを心配したのだ。
風間は表情を変えないままナマエを見つめ返し、ただ一言、そうか、とだけ言った。
拍子抜けしたナマエはそのまま風間を見つめ返してしまった。
『何だ』
『いえっ、…何も』
彼が何も思わないのならそれに越した事はないのだが、あまりに淡泊な反応に肩透かしを食らった気分になる。
ナマエは二三度細かい瞬きをして、再び書簡に目を落とした。
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