六
幾日かが過ぎたある日、ナマエは自分の部屋を掃除していた。
幼少の頃にかじった経験のおかげで習い事の飲み込みは早く、先日全てを納め終わった。
しきたりについても同じ事で、ナマエは今やもうすっかり風間家の鬼と言えた。
手の空いたナマエは基本的に日中する事が無く、時間を自由に使う事が出来た。
始めの内は屋敷内探索と称してあちこちうろついたものだが、場所を把握してしまった今は歩き回る事もしなくなった。
何をしようか、と考えた時に、そうだ、掃除をしよう、と思い立ったのだ。
念のために風間にお伺いを立てると、すんなりと許可が降りた。
ただし、下働きの者達から仕事を奪う様な事はするな、と釘を刺された。
考えてみればそれは当然の話で、彼等は皆屋敷で働く事によって給金を得て生活をしているのであり、主自らが動いてしまっては彼等はやる事が無くなってしまうのである。
下々の者に身の回りを任せる、という事も主のすべき事なのだとナマエは思った。
ナマエが畳を雑巾掛けしていると、侍女が茶を持って現れた。
茶など頼んでいないが、恐らくはこれで一息入れろ、と言うのだろう。
ナマエは彼女の有無を言わせぬ雰囲気に苦笑して、雑巾を桶につけた。
彼女はナマエより上の年齢で、名を和泉といった。
和泉には元服前の娘が一人おり、その娘と二人でナマエに仕えていた。
ナマエが冷えた手で湯気の上る湯呑みを包むと、遅れてもう一人侍女が姿を現した。
小走りで来たのか、息を荒げている。
彼女が和泉の娘、あやめである。
『奥方様に召し上がって頂こうと、干菓子をお持ち致しました!』
和泉は行儀が悪いと言って娘を窘めたが、ナマエは気にしていない。
ただ、有り難う、と言って笑みを零しながらあやめを迎え入れた。
奥方様。
それが今のナマエの呼び名であった。
あやめが嬉しそうに持って来た黒塗りの器の中には、出来立てのおこしが入っていた。
ナマエは一欠片を手にすると、二人にもそれを勧めた。
彼女らは、頂きます、と勧められるままにおこしを口にした。
今ではすっかり打ち解けてナマエと談笑もするが、始めの頃はナマエがどんなに勧めても、やはり頑に拒否された。
自分達は侍女である。
下位の者がお仕えする方と同列であるかの様な振る舞いなど許されない事だと。
だがナマエは上下の壁を嫌い、何度もその旨を彼女らに説いて聞かせた。
よそよそしい態度は好まない。
この様な事を言う等、主らしくないかもしれないが、自分は主従云々の前に貴女方と仲良くなりたいのだ、と。
それがナマエの願いであった。
日々を共に過ごす内にナマエの人柄について理解を示し、ある時彼女らは、ある程度の所まででしたら、と言ってついに壁を打ち破る事を許した。
その様な経緯があり、現在の三人の関係がある。
和泉とあやめは風変わりな主人に仕えてしまったな、と思ったが、それに対して嫌だとは一切思わなかった。
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