寝支度を整えて来ると言ってナマエは私室を後にした。
あのまま風間の腕の中にいたら情に絆(ほだ)されてしまいそうだったからだ。
逃げる様に去って行くナマエの後ろ姿を見て、風間は、ふん、と言って笑った。

部屋を出ると朝方ナマエを着付けた二人の侍女が控えていた。
どうやら彼女らはナマエの世話をするのが務めの様だ。
用向きを伝えると、承知致しました、と言い、別室へと案内された。

支度を整えて寝所に至ると、風間が布団の上に胡座を掻いて待っていた。

『お待たせしました』

声を掛けながらナマエは夫のすぐ隣に腰を下ろした。
ナマエに向き直り、風間はその目の奥を覗き込む様に見つめた。
何処までも曇りのないその眼差しに、不思議と穏やかな気持ちになる。
自分を見つめながら柔らかく笑む風間に、ナマエは心の臓が跳ねるのを感じた。

後頭部に手が添えられ、ナマエは風間の方へと抱き寄せられた。
反射的に目を伏せると情愛に満ちた口付けが与えられた。





腰周りのだるさでナマエは目を覚ました。
そのまま暫く呆けて、慣れない身体で二日も続けて愛されては当然かとぼんやり思い、ナマエは小さく苦笑した。

外からしゃらしゃら、という音が聞こえて来る。
いつの間にか霙(みぞれ)が降り出した様だ。

ナマエは風間の腕を枕にして眠っていたらしい。
目の前に逞しい胸板が見える。
意識を手放しても自分を手放しはしない風間に何だか急に愛しさが込み上げて来、ナマエは彼の鎖骨にそっと口付けた。

『…どうした。物足りなかったか』

『!?』

眠っているとばかり思っていた風間から声を掛けられ、ナマエはひどく驚いた。
風間はナマエを胸に抱いたまま伸びをした。

『ね、眠っていたのではありませんでしたか?』

あまりの動揺のせいでつい吃(ども)ってしまった。
風間は欠伸交じりに、寝たり起きたりしていた、と言った。

『この音、霙か』

『その様です』

障子の向こうを見遣って言う風間にナマエが返事をした。
布団から出した顔を再び中に潜らせ、風間は溜め息を吐いた。
どうやら思った以上に寒かった様で、ナマエがその頬に触れてみると氷の様に冷たくなっていた。

突然ナマエは己の身体をより風間に密着させ、我と彼との間の隙間を埋めようとした。

『何をしている』

甘える様に擦り寄るナマエを抱え直しながら風間が問うた。
ナマエははにかみながら、

『…こうした方が、更に暖かくなるかと思いまして』

と言った。
その言葉に風間は嬉しそうに笑い、ナマエを力強く抱き寄せた。

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