ああ、もうこんな時間だ。
 そう思って、私は目の前のもの全てをめちゃくちゃに放り出したくなった。

「はあ……」

 恨めしげに机の上を睨み付ける。そこにあるのは、真っ白な画面を大写しにしたノートパソコン。ソフトは愛用の一太郎2008。これは文を章ごとにわけることができるし、大学ノートに書き込んでいる気分になれるから最高の相棒だ。
 ただし、大学のパソコンには一太郎は入っていない。そのためこのノートパソコンをいちいち持って行かなければ、大学で執筆の続きができないという、とても不便な事情はある。が、Microsoft Wardはなんだか使いづらくて、結局この不便を実感しつつも手放せないでいる。
 そう、私は小説を書くのが趣味の大学生。数ヶ月前に成人したぴっちぴちの若者。ぴっちぴち、なんて言えるほど美人肌じゃあないが。
 さて、今の時間は朝方、四時三十二分。今日はきっちり一限から授業がある。私は真面目で偉い子だから、その授業がどんなに面倒でつまらなくて眠くても、ちゃんと出る。つもりでいる。

「……これは、今から寝て、起きたら十時のパターンか……どうするどうする」

 ちなみに私はよい子だから、睡眠時間は十時間ないとすっきり起きられない。よって今から寝て一限に間に合う保証も自信も証拠も実績もない。

「……オール決定か」

 はい、授業中に寝ちゃうフラグ、立ちました。

「あーもう、さ、書くこと決まれば問題ないんだってーなあんも浮かばないよー妄想力欠如ー」

 うだうだと文句を口から垂れ流しにしつつ、ベットにバフンと横になる。あ、これ、一限始まる頃に夢の国に旅立っちゃうフラグ。

「……起きよう」

 駄目だ、今日の一限はもう三回欠席して二回遅刻してる。五回欠席で単位もらえないのが決まる。遅刻は欠席二分の一回分に換算。まずいまずいもう下手できない。

「起きよう」

 もう一回言った。でも体は起きなかった。はあ、とベッドに体を沈める。

「来週なのになあ」

 ネット上で自作小説を公開し始めて、早半年。いろんなイベントに参加して、いろんな人と交流して、創作への気合いを増していた。文章の構成とか、少しは上手くなった気がする。交流する人はみんな良い人だ。感謝の言葉を伝えきれないほどに。
 だからこそ、急いでいた。

「……蓮夜さんの誕生日に間に合うかなあ」

 ネット上でお世話になっている、蓮夜さん。私の書く小説が好きだと言ってくれる良い人。彼の誕生日に、創作小説をプレゼントすると約束していた。
 だが、まあ、そんなにすんなりと書き上げられるような技量はなく。

「あー時間が欲しいーあーもー」

 ベットの上でじたばたと手足をばたつかせた。
 その時だ。

 ――ピンポーン。

 滅多に鳴らないベルの音にびくりと体をすくませる。宅急便が来る予定はないし、ネット注文したものもないはず。じゃあなんだ、新聞勧誘か、宗教団体か。こんな時間に迷惑だ。
 とりあえず、と思ってベットから体を起こす。またインターホンが鳴った。
 玄関へ行き、覗き穴から向こうを見る。

 ……誰だ。

 宅急便でもなければ勧誘でもなかった。真っ黒なスーツを着て、帽子まで被っている男の人。全身真っ黒。アニメに出てくる黒い組織のメンバーみたい。
 こんな怪しげな格好をして勧誘をするわけがない。

 じゃあ、誰だ。

 出ようか出まいか、と覗き穴を覗き込みながら考える私に、男の人はふと顔をあげて微笑んだ。ぎくり、と体をドアから離す。
 今、覗き穴ごしに目が合った。
 冷や汗が背中を流れていく。
 怖い、怖い怖い何これ、本怖に投稿できるじゃん何これ!

「おはようございます。突然すみません」

 律儀な挨拶にも、私の体は縮み上がる。意外と若い人だ。大学生だと言われても納得できそうな。
 いや、納得しないし、したところでドア開けないけどね。

「開けていただけませんか?」

 うっわ勧誘だこれ勧誘だ、と半ばパニックになる私に、男の人はくすり、と笑った。まるで、私が焦っていることがわかっていたかのように。

「大丈夫ですよ」

 おかしそうに笑って。

「怪しい者じゃありません……って言っても説得力ないですね。とりあえず勧誘じゃないです」

 なんでだろう、ドアはもちろん不透明だし、私は声を一切出していないのに。
 なんで、私の考えていることがわかるの?

「時間を売りに来ました」

 ふと、男の人は言った。

「……は?」

 思わず呟く。今なんて言った? 時間を売りに来た? そういうこと? 時間って売れるの、ていうか市場に出てるの?
 頭の中をぐるぐる回る疑問たちを押しのけるように、私にはある考えが浮かんできた。

 話を聞いてみたい。

 なんでそう思ったのかはわからない。いつもは、知らない人が来ても居留守を使い、電話でさえ知らない人からだったら出ない、そんな臆病な私が、なぜ、このわけのわからない男の人と話そうと思ったのか。
 とりあえず、この判断が誘拐事件の幕開けにならなかったことだけは先に言っておく。
 私はドアにかかっていたキーチェーンを外した。そして、ドアを押し開ける。

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