林に積もる雪が深いせいで、新年度がやってくるまで竹林に入ることは禁じられている。俺たちを引き合わせ毎日のようにあたたかく包み込んでくれた青い場所も、今校庭から遠く眺めてみれば白く閉ざされた世界に他ならなかったはずだ。
「最後に来たのは、いつだったっけね」
柚希に問われ、記憶を辿る。本格的な受験勉強が始まってからは一切立ち寄ることはなかったが……。
「覚えてねえや。冬はこうなるってことは知ってたけど、来ない覚悟は用意してこなかったな」
行きたいときに入れないとはね、と苦笑いするほかない。
侵入を妨げる黄色いロープまでゆっくり歩み寄り、柚希はそれを両手でぎゅっと掴んだ。
「もう……来るなってことかな……?」
「そんなわけないだろ」
なけなしの笑顔を向けても、がっくりと落ちた柚希の小さな肩は上がらない。腕時計を確認する。定刻にはまだ早いが、教室に戻った方が良さそうな時間だ。
「もう戻った方がいい。今日は……チャイムが鳴らないから」
「あ、そっか……」
そう、今日は特別な日。厳かで、静かで、チャイムさえ鳴らない日。
「行くぞ」
振り返ると視線の端に校門が見える。白地の旗に赤い日の丸が眩しい。
「卒業、か」
あっけないもんだった。三年という時間なんて。
「物々しいのは入退場くらいなんじゃない」
相も変わらない飄々とした物言いだ。駒浦と俺は名簿が隣同士だから、入場間際になっても他愛無い会話を交わすことが出来る。
「卒業式なんて形だけさ、あっという間だよ。この三年間に比べられやしないくらいにね」
「だろうな」
手すりに腕をもたれかけて、駒浦は窓の外を覗いていた。校庭から真っ直ぐに校門が見え、あの竹林も右端に見える。
「ふふ、さっきまであそこにいたんだろう」
「お前……訴えるぞ?」
どこまで、そしていつまで俺らを監視すれば気が済むんだこいつは。
「酷い言い草だな、偶然だよ偶然」
あはは、と笑う駒浦はいつも通りだった。そして何の前触れもなく人が一番気にしていることをついてくる。
「それで、お別れの挨拶は済みましたか?」
人をからかうときに一番楽しそうな顔をする、つまりは性格の悪い奴だ。口ごもる俺を見ると、さらにその口角をにゅっと上げてみせる。
卒業生が待機する廊下は、普段とは違うざわつきを持っている。歩く先に何が待ってるんだろう。歩いた後に何が残っているんだろう。誰と別れ、その引き換えに誰に会うんだろう。過去と未来が今に渦巻く。この三年間が渦を巻いてこの体育館になだれ込むようだ。
「黙るなよ。……言葉にならないんだろ? それくらい分かるよ」
細長い腕を天井に向けて伸ばし、俺に少し足りない背丈がぐっと反り返る。綺麗に揃った制服の金のボタンが五つ。こいつのことだ、今日中に全部無くなってしまってるかもしれないな。駒浦は独り言のように続けた。
「この三年間は、何にも比べられないよ……比べちゃいけない。絶対的なものだから、言葉にならないんだよ、きっと」
焦点の合わない両眼は酔ったようだ。苦々しくも夢心地のような不思議なその顔つきに声をかける前に、紅白の垂れ幕の向こうで、しとやかな曲とともにワッと拍手が湧くのが聞こえた。
「……ま、あと少しの辛抱だ」
辛抱なのか? 今この瞬間をどういう気持ちでいればいいのかが分からない。腑に落ちないまま体育館の床を踏む。