九月二日
 九月二日、火曜日。
 もしかしたら、ハルヒコたちが友人として接してくれるのではないかという、淡い期待をもって登校した――そんな期待はすぐに打ち砕かれたけれど。
 今日は、誘われるわけでもなく、強引に引っ張られるようにして、昼休みの男子トイレへ連れて行かれた。傘で殴打される。「死ねよ」と言われながら、足で蹴られた。
「やめてよ」
 笑いながら、そう言うことしか僕にはできなかった。ただただ、笑っていた。笑うことでしか、拒絶の意思を示せなかった。
 やがて僕は、しゃべることも許されなくなったようだった。傘の先端部分が、僕の喉元に、強く、押し当てられている。
「痛いか? 苦しいか? 息の根止めてやるよ」
 ハルヒコの言葉も、とげとげしく、胸ではない、体のどこかに刺さる。
 苦しい。苦しい。どうせなら、このまま死んでしまったほうが楽かもしれない。
 傘の先端が、僕の喉元を外れた。思わず咳き込む。
 痛い。また、蹴られた。
「死ねよ、ホントに」
 今日もまた、トイレのドアが閉まった。今日の音は、もう、なんの音だろう。わからない。



 家に帰って、ひとりで考え事をする時間が僕は好きだ。この時間が、自分の本音と向き合える時間なのかもしれない。
 暴力と暴言、二日目。今日気づいたのは、涙を流すほどつらい理由。
 友人、だったからだ。友人という存在は、学校生活の中において、非常に重要である。知らない他人から、暴力や暴言を振るわれるほうが、まだましだ。気にしなければいい。友人に、話を聞いてもらえばいい。でも、友人に暴力や暴言を振るわれる場合――それは苦しい。友人だったからこそ、キツイ。一度できた関係性を、壊されるのは、つらい。
 崖の下になにがあるのかということも、わかった。――森、だ。樹海ほど大きくはないが、太陽の光が届かず、鬱蒼とした、森だ。僕は、森の出口を目指して、森をさまよい続けることになるだろう。いつ、出口にたどり着くのかは、わからない。



 暴力と暴言は、毎日続いた。
 もちろん僕が、それを振るわれている最中、男子トイレに入ってきたクラスメイトもいた。だが――誰ひとり、僕を助ける者はいなかった。存在を無視するかのように、用を足して帰っていく者。驚きの表情を見せて、見てはいけないものを見てしまったかのように、扉を閉める者。みんな、見て見ぬふりをした。
 けれど僕は、それを責める気にはなれなかった。僕がクラスメイトの立場ならば、同じことをしていたと思うから。ハルヒコに逆らえる人間は、そうはいない。
 担任のカトウ先生は、僕の置かれている状況に気づく様子もなかった。仕方がないのかもしれない。なにせ、カトウ先生は三年目でまだ若いし、先生たちは、生徒とは別のトイレを使うからだ。
 皮肉なことに、カトウ先生の口癖は、「うちのクラスの自慢は、いじめがないこと」経験のなさは、時として恐ろしい。
 気づかれず、見ていないふりをされ、僕は毎日、昼休みの男子トイレで笑い続けた。
「やめてよ。ねえ、やめてよ」
 そう言いながら。
 我慢の限界が、迫っていた。
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