九月一日
 家に帰りつくと、リビングのソファに寝転がった。
 結局あの後、僕は何事もなかったかのように、授業を受けた。担任に言う勇気など――ない。言えば仕返しされることくらいは、僕でもわかる。ハルヒコたちが話しかけてくることはなかったが、僕が変な行動を起こさないよう、逐一、監視されているのはわかっていた。
 家には誰もいない。僕はひとりっ子だし、父も母も昼間は働いていて、夜八時くらいにならなければ帰ってこない。
 寝転がりながら、今日の出来事を考える。僕は友人に、裏切られたのだろうか。死ねとまで言われたのだから、裏切られたのだろう。だとすれば、なぜ裏切られたのか。夏休みに遊んだ時だって、いつもと変わりなく、映画を見た。今日の朝だって、たわいもない会話をした。それらがすべて、演技だったというのか。
 僕は崖から突き落とされたのだ。気づいたら、崖のふちにいたのだ。今はまだ、がけから落ちている最中。崖の下になにがあるのか、なにが待っているのかは、わからない。
 ずっと、一本道だと思っていた。けれどそれは誤りだ。毎日が、選択の連続であることに気が付いた。僕はどこで、選択を間違えたのだろう。どの選択をすれば――こうなることはなかったのだろう。
 なぜ僕は、暴力を振るわれなければならなかったのか。
 悔しい? 悲しい? わからない。体がじわじわと、熱くなってきた。
 目から涙が、溢れた。止まらない、涙が、嗚咽が、止まらない。
 その涙はきっと、大粒の雨だ。崖から落ちている僕に降りそそぐ、大粒の、冷たい雨。
 ひとり、部屋で泣き続けた。中学生になってから、初めて泣いた。泣き虫は、中学生でやめたはずなのに。



 どれくらい泣いただろうか。泣き止んでしばらくすると、両親が帰ってきた。
「ユキヤ、目が赤いけど、どうかしたの?」
 そう母に聞かれたけれど、「なんでもないよ」と答えた。両親を、心配させたくなかった。
「ユキヤ、先にシャワー、浴びてこい」
 父に促され、シャワーを浴びに向かった。結局、両親にはなにも言えなかった。
 両親はおそらく、なにも気づいていない。崖から落ちているとは、夢にも思っていないだろう。
 シャワーの水が、あざや傷になっている部分にかかり、痛む。体だけじゃない。体以外のどこかも、痛がっている。どこかはわからない。心なんていう、単純なものじゃない。まったく気持ちの良くないシャワーを浴びてから、僕は眠りについた。
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