十月二十日
 司書だから、いじめを知らないとでも思ったのだろうか、ハルヒコは意外な言葉を口にした。大丈夫? よくもそんなことを。
 僕はもう、恐怖が最高点に到達していた。サガさんに託す。なんとかしてください、と。心の中で。
「うん? 別に大丈夫だけど。それから、僕のことを教師じゃないと思ってるみたいだけど、これ以上何かするつもりかい? 許さないよ、僕」
 静かに、落ち着いていて、けれども、鋭く尖った声でサガさんが、ハルヒコに向かって。
「……失礼しました」
 ハルヒコは、あきらめたように帰って行った。サガさんは、戸を勢いよく閉める。
 嵐は防がれた。僕の力ではなく、サガさんの力で。
「大丈夫だ。絶対、君に、危害を及ばせるわけにはいかない。大丈夫だから」
 僕のもとへきて、落ち着かせるように言った。だんだんと、足の震えがおさまってくる。
 サガさんは強い人だ。サガさんがいるから、森をさまよえるんだ、歩けるんだ。僕もいつか、そんな人になりたい。そう思った。



「すみません、よろしいですか」
 戸の外から、声がする。
「なんでしょうか」
 サガさんが、応対する。昨日の一件を受けて、サガさんは図書室の戸に、鍵をかけていた。
「ナガタですけど」
 どうやら、内部進学しない旨は、学年主任のナガタ先生の耳にもすでに入ったらしい。
「ユキヤくん、会う?」
「会いたく……ないです」
 ナガタ先生には、会いたくなかった。嫌いという表現が一番ぴったり当てはまるだろうか。とにかく、「クラスはそのまま持ち上がるしかない」と言ったナガタ先生とは、会いたくなかったのだ。
 僕の答えを聞いたサガさんは、ひとりで、ナガタ先生のいる廊下へ出ていくと、何を言ったのかは聞こえなかったが、ナガタ先生を追い返したようだった。僕のもとへ戻ってくると、サガさんは僕の目の前に顔を近づけた。
「会いたくないのなら、会わなくていいんだからな。覚えとくと、得だぞ」
 そう言って、にっこりと笑った。
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