12.告白

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 重く動かない空気を震わせた左良井さんの声もまた、重いものだった。
「……先輩の気持ちはよくわかりました。そこまで強く思っている上に、ちゃんとした繋がりが保てているなら、きっとうまくいきます」
 この言葉を聞いた時の先輩の輝く笑顔。わざわざ言葉で形容しようとしなくても目に浮かぶ。
「わたしに聞かなくても、よかったじゃないですか。そういうのを、相思相愛って言うんですよ」
 左良井さんの口が、やけに流暢に動く。
「彼はなんの掴み所もないような風貌ですが、誰よりも『考える』人です。感じることができない自分を知ってるから、その分彼は考えるんです。それは紛れもなく彼の優しさだし、それは紛れもなく……」
 あの表情の変化の乏しい左良井さんが、誰もがはっとするほどに爽やかな笑顔を見せたのだそうだ。
「紛れもない、彼の努力です」
 僕はこの話の中で唯一、左良井さんが口にしたその最後の言葉だけ、信じることができなかった。

*********

 咲間さんにその出来事の日付を聞いた。先輩の告白の、前日のことだった。
「『では、お幸せに』----そう言って、まーちゃんは自分から席を立った。それから全然、口聞いてくれなくて大変だった」
 シン、と静かな講義室で、僕の座る椅子がギシリと軋んだ。
「……ま、口聞いてくれなかったというよりも、まーちゃんが言葉を忘れたって感じだったかな。ともあれ、見ていられなかった。君に介入してほしいと思ったのはあのときが最初で最後だね」
 それは、面白い言い回しだ。
「へぇ、咲間さんでも僕に頼りたくなる瞬間があるとはね」
 面白くなさそうに笑う咲間さんの表情を、僕は何度見たことだろう。
「君なら、どうにかしちゃうんだろうからね。……?さん? のことも、まーちゃんのことも傷つけずに、うやむやにしてしまえそう」
 これは、どう受け止めるべきなのだろうか。
「あたしなんて最初から話に入れてもらえなかった。あの人は、確実にまーちゃんを狙って話しかけたのよ。その狙いが何なのかは……あんまり考えたくない」
 今の左良井さんは----僕が言うのも無責任な感じがするけど----情緒不安定だ。掴んでいなければ立っていられないのに、壊れない手すりに負担をかけるのを恐れ、覚束ない足取りでやっと立っていた左良井さん。そんな彼女に、先輩は急接近したのだ。
「……泣かなかったかな、左良井さん」
 僕は人の気持ちが分からない。でも、それでも。
「泣いていたなら、謝っておいてほしい」
 左良井さんが傷ついたかどうかだけは、気になるようになったんだ。
「僕は先輩とは何もない。確かに連絡のやり取りは最近頻繁だったかも知れないけど、僕から話しかけたことは一度もないし先輩の思い込みが激しかっただけだ」
 きっと僕の言葉はもう、左良井さんに直接届くことはないのだろう。これはただの……言い訳だ。
「あたしの口から言ったってしょうがないの。今のセリフ、聞かなかったことにするよ」
 ……ああ、そうだ。咲間さんはそういう人だ。
「君の身から出た錆とはいえ、傷つくのはいつもまーちゃん。君の気持ちも最近は分かるようになってきたかなと思えてきたのに、その途端これでしょ。……もうやってらんない」
 僕の口からでさえ届かない僕の言葉を、どうしたら一番届けたい人に届けることができるんだろう。
「何のためにあたしがこの話を君にしたのか君だけの力で分かってもらうまでは、あたしは君らのキューピッドになんか絶対ならないから」
 僕の前を去る咲間さんのそっけなさは感動を覚えるほどにいつも通りで、僕と左良井さんはいつまでもこのままなんじゃないかと思った。
 僕に関わった人が、僕から離れたところで壊れていく。そんな景色は今までも何度か見てきたけれど、今の僕を責める人は誰もいない。
 今はただ、そのことが一番辛かった。


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