7.一年生冬

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 左良井さんについていくがまま、たどり着いたのは大学の近くの海岸だった。僕らの通う大学は、海岸から目と鼻の先にあることで少し有名だ。海に沈む夕日を背にバーベキューをしたり部活動に勤しむのがここの学生の特権で、青春なのだ。

 ザザ……と波は静かに砂を運ぶ。引き際の白い泡はたくさん押し寄せてまたたく間に消えていく。僕たちは砂浜よりも手前の、コンクリートで舗装されている地面に腰をおろした。

「失敗ばかりよ。何をどうしても、失敗にしか転ばない」

 風に流れる黒い髪を右手で抑えながら、左良井さんが口を開く。

「一人暮らしして自分で稼げば家に負担かけなくて済むでしょ? でも親はそれをよしとしなかった。離れて働くくらいなら家に居ろっていうのよ。学生は勉強にだけ専念すればいいって。
 でもね、それは絶対嫌だったの」

 波のリズムは不規則で、予測不可能だ。でももしかしたらこれが本当の自然のリズムで、僕たちはあまりに自然から離れてしまったからそれを不規則なリズムとして耳にしてしまうだけなのかもしれない。実際、波のリズムは不規則であるにもかかわらずなぜか心地よい。

「窮屈だったのよ。いつまで私は親の元で可愛がられて育つんだって、勉強してるかどうか監視されなきゃ勉強できないような子どもだと思われてるのかって、思い始めたらきりがなかったのよ」

 海からすれば僕たちの方が不規則な存在だ。正義も悪も、愛も憎しみも、幸せも不幸も、眺める位置が変わるだけでがらりとその姿を変える。

「それでも、地元の大学を受験した。一人暮らし云々よりもまず、親の期待に応えたかった。大学入ったあとは自分の好きなことするんだから、それくらいの親孝行はしたかった」

 たとえ形だけに見えたとしてもね、と左良井さんは吐き捨てる。

「でも――ううん、『やっぱり』なの。
 やっぱり私には、幸せは似合わないみたい」

 ほうっと左良井さんがため息をついた。
 自分の進路を自分で見つけて実現するのも親孝行の一つの形だと思う。でも僕はそれを言わなかった。家庭ごとに価値観が驚くほど異なってくることは僕も重々承知している。きっと左良井さんの家では、親元を離れることが親不孝なのだろう。

「人は一人では生きていけないのかもしれないけど、一人で生きようと努力することはできるはず。そうでしょう?」

 強くなりたい。綺麗だといつも思っていた唇がそう動いたと知った直後、それは強く歪んで嗚咽を漏らした。

「地元を、親元を離れたいっていう自分の願いは叶ったのに、どうして私はこんな思いをしているの?」

 自分の両腕をぎゅっと抱きしめる、細い指先が薄いセーターに食い込んだ。

「一人でも生きていけるくらい、誰にも干渉されないくらい、強く、強く、強く……強くなりたい……っ」

 それからいくつかと彼女は声を絞って嘆いたけど、波の音とその声が細いせいでうまく聞き取ることが出来なかった。こぼれ落ちる涙が瞬く間に砂に吸われて乾いていく様子を、僕はただ無言で見つめていた。


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