7.一年生冬

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「何もない。あったとしても、言えるようなことじゃない」

 今にもその開いた口から何かがこぼれ落ちてしまいそうだった。ぐっと唇を引き締める。

「だからそれは」

「言って過去が拭えるわけじゃないだろう?」


 永田の追及を遮って、吐きそうな何かを堪えてでも、それでも僕は言わなきゃ気が済まない。
 僕は何にも守られてはいけないのだから。

「悪いけど、カミングアウトが自分を守ってくれるなんて僕は思ってないから」

 ごちそうさま、と箸を置く。しかしここで席を立ってしまうと片付けを全部押し付けるようで、帰る事は出来なかった。行動が思い通りにいかなくて、少しいらだちを感じた。

「お前って強情なのな」

「永田がしつこいだけじゃない」

 こういう言い方が出来るのは後にも先にも永田しかいなかった。僕はそれに甘えていたのかもしれない。

「携帯出せよ」

「え?」

「いいから」

 話の流れにそぐわない要求に、僕は怪訝に思いながらも渋々と携帯電話を永田に手渡す。

「やっぱりな、俺が前使ってた機種と同じだ。奇遇だね」

 俺はシルバーじゃなくて黒だったけどな、と呟きながら手慣れた様子で僕の携帯は操作されていく。そして永田は自分のスマートフォンを取り出し、僕のにかざし始めた。何をしているかはだいたい分かったけど、その真意が掴めない。

「ほら、入れておいた」

 ポーンと投げられた端末を左手でキャッチする。光ったままの画面には『左良井真依』という名前と、見知らぬアドレスが登録されていた。

「顔合わせなくていい分ちょっとは気楽だろ。少しくらい腹割れって」

「何で知って」

「今時アドレス交換は挨拶だっつーの」

 呆れたけれど、不思議と胸のつかえが少し楽になっていた。話もしなければ、冬休みになってからは顔も見ていない左良井さんとの繋がりを得たわけだ。でも。

「はは……腹筋何回くらいしたら割れるかな」

「そっちの『腹割り』じゃねーよ」

 くくく、と笑う永田のその表情こそ、なんだか久しぶりだったような気がした。

「じゃあ、片付けようか」

 僕の一言でこの話題は終わり、ささやかな鍋パーティーもお開きとなった。
 きっとこのアドレスを使う事はないだろう、その時僕はそう思っていた。


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