19.すべては覚めない夢の中で

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 花は生きたまま売られる。高い金を出して人はそれらを買っていく。それがなんとなく生贄を思わせ、昔の僕ならためらっていたかもしれないが、今日僕はそれを彼女に手向けた。正しさとか適しているかとか、そういうことを考えるのは当分やめようと思っているから、「きれいでしょ。可那子さんに選んでもらったんだ」という一言とともに墓石に添えることしかできなかった。
 新幹線と電車を乗り継ぎ片道五時間。大学の先生を通じて左良井さんの実家と連絡を取り、今日という日が叶った。快くお墓参りを許してくれたのは、少しだけ意外に感じた。どうも、左良井さんから聞いた話から、閉鎖的なイメージを勝手に持ってしまっていたのかもしれない。
「遺書を受け取った者は、なかなか死に辛いね。左良井さんがあんなに早く書き上げてしまってたのは、予想外だった」
 僕は何が何でも生きなければいけないみたいだ。幸か不幸か、左良井さんの遺書は僕にそう強く思わせる力を持っていた。何をしても傷つかない僕は、罪を償う事さえ許されない存在なのだと、どうして今更になって気づいたのだろう。でもいろいろ考えるに、きっと僕はとうの昔に気づいていたんだと思う。
 そして僕の人生はそれでもいい……僕はそうも思いかけていたはずだった。
 その矢先に左良井さんを失った。あまつさえ、僕はまた無傷だ。僕は悟らざるをえなかった。左良井さんの言葉を借りるなら、この夢のような世界で生きる事が僕の贖罪なのだと。
『私の夢を見て欲しい』
 左良井さんの手紙を読んでから、事故当時のことを夢に見ることはすっかりなくなった。しかしながら、それ以外に彼女が現れる夢を僕はまだ見ていない。
『私はあなたと生きていたい』
 彼女の望みは、僕が、希望のないこの世で生き続け夢を見続ける事。
「辛くはないよ。辛いなんて僕は思ったりしない」
 口ではそう言えるけれど、願っても夢でさえ会えない君のことを思う度、僕は永遠の眠りを手にする事も厭わない。それを君は弱気と言って笑うだろうか。
 ……笑うんだろうな。ふっと笑って僕は手帳にペンを走らせる。入学式の時に着たスーツの袖が、白い便箋を撫でた。
 少なくともこの遺書を書き終えるまでは、僕は死ねない。


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