3.前夜

期待と絶望

啓太との約束の日は、沙織が想像していたよりも早くにやって来た。というのも、その日は電話がかかってきた日の二日後であったからである。

その日は朝から青空が覗く、気持ちとは正反対の気持ちの良い日だった。啓太は、この街唯一の駅ーーー沙織がこちらへ引っ越してきたときに、恵理子に迎えに来てもらった駅へ迎えに行くことになっている。もちろん、徒歩では無理なので自転車だ。駅には確か最近にしては珍しく無料のレンタサイクルがあったはずだから、啓太にはそれを使って貰えばいいだろう。そんなことを考えながら、沙織は玄関で靴を履いていた。

「お姉ちゃん」

不意に、背後から声がかかった。振り返らなくてもわかる。ーーー結李だ。

「どこ行くの?」

どうやら、今起きてきたところらしい。振り返ると、可愛らしいその少女が纏っているのはイチゴの柄のパジャマだった。片方の腕で大きなクマのぬいぐるみを抱え、もう一方の手で目を擦るその仕草は、まるでどこかのドラマの子役の演技を見ているのかのように可愛らしい。

「おはよう、結李。ちょっとお友達に会いにね」
「そっか…気をつけてね」
「ありがとう。…そうだ、一つ聞きたいんだけど」

本当は、啓太の電話があった日から聞こうかどうか迷っていた。というのも、以前結李が神社のことを話題に出した時、恵理子がいつになく慌てた反応をしたからだ。
触れない方がいいのかもしれない。でもーーー。

『神社に私たちより年下の女の子なんて、いないわよ』

あの日以来、結局一度も話していない茜の声がまだ耳に残っている。とてもじゃないが、茜が嘘を言っていたようには聞こえない。けれど、それは結李のほうとて同じことで。

葛藤すること三秒ほど。沙織はにっこりと笑って口を開いた。

「そのお友達を連れてね、神社へ行こうと思うんだけど…前に結李の言ってた咲ちゃんって子には会えるかなあ…?」

自分でも、試すような言い方であることはわかっている。
しかし、結李は一寸の迷いもなくーーーそれどころか、極上とも言えるほどの笑みを浮かべて言い切った。

「会えると思うよ!今日は土曜日だし、運が良ければそのお姉ちゃんとも会えるかも!」

本当は心のどこかで、否定されることを望んでいたのかもしれない。
ーーー咲ちゃんが神社に住んでるっていうのは、勘違いだったの。本当は神社には大きなお姉ちゃんしか住んでなくてーーー
そう言われるのを、どこかで自分は望んでいたのかもしれない。

だって、心のどこかではわかっているのだもの。本人に聞いたわけではないけれど、神社に住んでいる『お姉ちゃん』は茜さんに違いないのだと。
そして、その茜さんが「いない」と言い切った人物は本当に「いない」のだろうと。

でも、今結李は言い切った。それに思い返してみれば恵理子だって、初めて神社の話題が出たとき慌てた様子は見せたもののお姉ちゃんの『妹』の存在を否定はしなかった。

ーーーそれが、答え。

「そっか、ありがとう。じゃあ、行ってきます」

久しぶりに昔の同級生と何も考えず楽しく過ごしたいーーーそんな沙織のささやかな希望は、到底叶いそうにもない願いだった。


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