1.転校

混乱の夜

外はもう暗くなっていた。沙織は校門まで出て、きょろきょろと辺りを見回した。目的の姿は、校門を出たところから10メートルほど離れた外灯の下にあった。

「茜さん!」

外灯の下がまで歩いてきていた少女は足を止めた。ゆっくりと後ろを振り返る。

「…なに」

沙織はその冷ややかな目を見て、思わず後退りそうになった。
身長は沙織と同じくらいだが、体格はむしろ茜のほうが少し華奢だ。なのに、なぜかとてつもない威圧感を感じる。

「あ、あの…!さっきは、ありがとう」

茜はしばらく黙ったまま沙織の目を見つめていたが、「別に」と一言だけ言ってくるりと後ろを向いた。
今すぐにでも歩いて行ってしまいそうな茜を、沙織は慌てて引き留める。

「あ、あの…!」

茜は振り返りもせず、少し顔を俯かせたまま黙っていた。沙織としては、同じ方向だから途中まで一緒に帰ろうと言いたかったのだが、そんな茜を見て思わず言葉を飲み込んだ。

少しの間、沈黙が流れた。やがて、茜はゆっくりと振り向くと言った。

「黒田先生のことだけど、覚悟しておいたほうがいいよ。あの人、後藤さんにゾッコンだし、自分に反論した人、執念深くいじめ抜くタイプだから」

沙織は驚きのあまり、声が出なかった。いや、驚きというよりショックだった。
確かにさっきのあの教室での一件は、ほかの先生に見つかっていたら警察沙汰だった。でも、あれは私が先生のいうことを丸無視して突っ走ってそれなのに弱音をこぼして、だからーーーだいたい、後藤さんにゾッコン…?

「……」
「安心して。今日のことは誰にも言わないから。でも、覚悟だけはしときなよ。後藤さんのほうからも、間違いなく何かくるだろうし」
「ちょ…ちょっと待ってよ。じゃあ、茜さんはそこまで知っておきながら、どうしてほかの先生とか校長先生とかに言わないの!?」

ーーーどうしてそこまで知っておきながら、困っている人を助けようとしない?

「だって、あれはいじめだよ?もしこのままもっといじめがエスカレートして、広島さんが学校来なくなっちゃったりしたら、どうするつもりなの!?取り返しがつかないことになったら、どうするつもりなの!?」

一息で言ったせいで、息が切れた。山の秋夜はすでに寒く、はいた息が白くなって空へと消えていった。

茜は、いきなりまくし立てた沙織に驚く様子もなく、相変わらず冷めた目で沙織を見ていた。
それから、今までよりもさらに感情のない、淡々とした口調で言った。

「それなら、そうなるさだめだったってことでしょ。それに向こうだって馬鹿じゃないんだから、どんな手を使ってでも自分たちを正当化してくるわよ」
「それなら私たちだって、どんな手を使ってでも向こうが間違ってるって証明すればいいだけの話じゃない!それに、茜さんはさっき先生にあんな口をきいてまで私を助けてくれた!どうしてそれを広島さんにもしようとしないの!?」

茜は今まで地面を見つめていた瞳をゆっくりと沙織に向けた。漆黒が闇と混ざり、さらに深くなった気がした。その瞳には相変わらず、感情がない。

「じゃあ、あなたは、黒田先生や後藤さんの何を知っているの?」
「…それは」
「自分は人を救ったつもりでも、それが裏目に出ることもあるのよ。それでも助けたいって思う?自分はスーパーヒーローにでもなったつもりかもしれないけど、そんなの、ただの自己満足じゃない」
「ど、どういうこと…?」

沙織は明らかに混乱していた。助けたことが、裏目に出る…?
茜は、そんな沙織を冷ややかに見つめると、氷のように冷たく、突き放した声で言った。

「別に、いいけど」

一言そう残すと、今度こそ茜はすたすたと歩いて行ってしまった。

沙織は混乱しすぎて、茜を止めることもできなかった。ただ、右手に握っていた重い皮のスクールバッグが鈍い音を立てて地面に落ちた。


ーーーそして、この夜が沙織の地獄の日々の始まりとなるのだった。


(一章・終)


[7/15]

←BACKTOPNEXT→


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -