44 女鬼 -2
「鬼、か……。えらく突飛な話だが、あいつは存在自体が突飛だからな。で、斎藤はどう感じた?」
人払いをした副長室。腕組みする土方に、斎藤は千恵から聞いた話を伝えていた。
彼女の話に嘘はないだろう。問題は……アレとの類似点だった。
「傷の治癒が早く、身体の動きが飛びぬけて優れている、という点では似ています。
様相が変異する点も似ていますが、狂ったり血を欲する事はなく、日差しにも抵抗がないという点から、
類似性はあるがまったく別物かと思われます。遺伝に特徴があり、人との交配が可能な別種族、
といった辺りが説明としては適切かと」
「ああ、その通りだ。逆に言えば、こっちが頭抱えてるアレの副作用をなくした生き物って事だ。
……まずいな、確かに知れれば利用価値が大きい。実際、うちのアレの改良にも役立つ。
人の姿をしながら人に狩られる。……数が少ないってのは損だな」
「副長、お言葉ですが月宮は動物ではありません。それに、人の手が伸びれば鬼の盟約により風間達が黙っていない。
勿論、俺も。新選組の決定に意を唱えた事はありませんが、月宮を利用するならもうその時点で新選組ではない」
「ったりめぇだ、膾に刻んで実験台にする気なんざねぇ、安心しろ。山南さんも近藤さんも源さんも許さねぇだろ。
勿論俺も皆もな。雪村だって同じだ。人として育てられたって事は、綱道さんも幕府の実験台にさせたくなかったんだろ。
幕府から密命を受けるほどの蘭方医である鋼道が実は鬼で、アレの研究途中に消えた……か。
自身が実験台にされる危険が迫って隠れたか、それともどっかの組織に攫われたか……失踪の理由が見えてきたな」
何も知らない千鶴は、そんな事とは知らず父を探し江戸を発った。……もし綱道が自ら隠れたのだとしたら、
彼もまた、置いてきた娘の行方を探しているだろう。だが、どこかの組織に攫われたんだとしたら……。
ひょっとしたら千鶴は、我知らず間一髪で難を逃れたのかもしれない。その血を利用しようと伸びていた闇の手から。
緊急の幹部会議が召集された。誰もが土方のただならぬ気迫に押し黙り、話に耳を傾けた。
千恵と千鶴が鬼。薩長に手を貸す風間と天霧と不知火も鬼。容易には飲み込めぬ内容も、不用意に笑い飛ばせなかった。
新選組にはアレがある。その薬と服用者の稀有な異常性は、鬼がいるという話に信憑性をもたせた。
「つまり、あの薬とあの子らは全くの別もんって事だな? そんで千鶴ちゃんは何にもしらねぇまんま育って、
千恵ちゃんは知ってて隠してたって事か。まぁそりゃ隠すわな。まず信じちゃ貰えねぇし、言った途端普通は
目の色変えて欲しがるか、欲しい奴に売り飛ばすか……下手したら何かの材料にされちまう」
新八は案外冷静に事実を受け止めた。鬼である以前に、二人には毎日世話になっている。
美味い飯、綺麗な廊下、清潔になって戻って来る隊服。そして見送りと出迎えの温かい笑顔。
妹がいるみたいでくすぐったくもあり、仕事に専念できるので有難くもあった。
「材料って! あいつらなんも悪くねぇじゃん! 鬼って言われても、金棒持って暴れてるわけでもねぇし。
どっちかっつーと可愛い……だろ? や、言わねぇだけで、ぜってー皆そう思ってるって。
天霧が鬼ってのは……俺、分かるかも。だって鉢金を手で割りやがったし。滅茶苦茶強かった」
「僕も悔しいけど、風間には吹っ飛ばされたからね、あいつが鬼なら納得かな。新選組の敵なら関係ないけど。
はぁ、でもつまらないな。斎藤君に話した後ちゃんと教えてくれる約束だったのに、皆と一緒に聞くなんてさ。
あ、でも千恵ちゃんの変身っぷりは僕しか見てないんだよね。綺麗だったよ、異人さんみたいだった」
「総司!? いつ見たんだ!」
斎藤は驚いた、その話は聞いていない。皆も同様に、この男が実は知っていた事に驚いていた。
「例の奴らに襲われた時だよ。敢えて言わなかったのは……千恵ちゃんが可哀想だと思ったから。
施山が馬乗りになって、石川が千恵ちゃんの手と口を押さえてた。必死にもがいてて……色が変わったんだ。
僕が峰打ちにするより一瞬だけ早く。二人を跳ね除けようとしてたから、その時変異したんだと思う。
皆、この事は内緒だよ? はじめ君も。間に合ったんだ、忘れてあげる方が親切でしょ」
「……ああ」
斎藤は、井上らから聞いた話よりもかなり危うかったのだと知り、間に合った事に安堵しつつ、千恵の心の傷を気遣った。
千恵は余程の事がない限り変異しないと言っていた。きっと怖くて必死だったのだろう。
小姓にして相部屋になったのは正解だったな、と今頃千鶴に真実を話しているはずの千恵に、想いを馳せた。
「まぁ俺は池田屋で千恵が二階に跳び上がるのをこの目で見てるからな、今の話でやっと合点がいった。
二条城での不知火達といい、確かに並みじゃねぇ動きだ。その辺は薬飲んだ連中と似てるな。
あの薬、舶来物だっつってたか? 同族じゃねぇにしろ、異国にも鬼に似たのが居て材料になったのかもな」
「ああ、月宮は吸血鬼という血を吸う鬼の話をしていた。架空の生き物らしいが、定かでないと。
鬼が実在するなら、居るやもしれんな。だが月宮は月宮、雪村は雪村だ。俺達と何ら変わらない事は分かって欲しい」
斎藤の言葉に、皆一様に頷いた。鬼と人。違いはあるだろうが、彼女達の献身と笑顔はずっと変わらない。
なら、自分たちも急に態度を変えるのはおかしい。それが、幹部一同の出した答えだった。
「トシ、俺達はとんでもない果報者だな。これだけ居て誰も彼女達をお上に差し出そうとせんとは。局長として鼻が高い!
人に悪用されかねん彼女らが、人である我らを頼りにしてくれているのだ。その気持ちを大事にせねばな。
無体な真似をして彼女らが同族に助けを求めれば、やっぱり新選組もその程度かと謗られる。
それは武士の名折れ、男の恥だ。今後は更なる決意をもって彼女達を預かろう!」
「ああ、あんたならそう言うと思った。俺も同感だし皆も異存はないだろう。鬼だろうが姫さんだろうが関係ねぇ。
この事は伊東派には内密にして、二人への待遇は今まで通りだ。源さん、山南さんへの説明は任せた。皆、解散だ!」
「いいとも。ついでに二人の様子も見てこよう。あちらも話が済んでる頃だろうからね。雪村君も辛いだろうが、
話す月宮君も辛いだろう。私には二人とも娘みたいなもんだからね、悲しい顔はして欲しくない」
井上は、二人の心情を気遣い、年長者として助けになれれば手を貸してやりたいと思った。
若く元気な幹部達は、柔軟に事態を受け入れ、明日の健診までの余暇を銘々過ごしに戻った。
斎藤は沖田から手合わせを申し込まれ承諾した。残念ながら当分この男には頭が上がらないな、と嘆息しながら。
この会議の報告とあの二人への対応は、源さんに任せれば間違いない。心配りと優しさでは幹部随一だ。
道場に弾むような足取りで向かう沖田の後を歩きながら、斎藤は井上に後を委ねた。
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