45 女鬼 -3

幹部達が緊急会議に集まる一方、千鶴の部屋に向かった千恵は、今から話す内容を思い憂鬱だった。

きっと千鶴ちゃんの幸せを思って秘密にしていただろう鋼道さん。断りもなく話すのは気が引けた。

でも、断片的にだけ情報を与えられ、困惑してるまま千鶴ちゃんを放っておくわけにもいかない。

千恵は、頬を両手でパンと叩いて気合を入れ、千鶴の部屋に声を掛けた。


きっとずっと待っていたのだろう。襖はすぐに開かれ、僅かに気まずい沈黙の後、無理した笑顔で招き入れられた。

いつもより小さく感じられる千鶴。二人の背はほぼ一緒だが、心細げに座る様は脆く儚げだった。

「千恵ちゃんも座って? ……あの……聞くのは怖いけど……教えて欲しいの。

 大丈夫、こう見えて結構強いんだから! 何聞いても驚かないから……多分。……知りたいの、私の事」

「千鶴ちゃん……ごめんね、今まで内緒にしてて。きっと知らないままの方が幸せだって思ってたの。

 でも、知っても……自分を卑下したり親を恨んだりして欲しくないの。出来れば私のように血を誇りに思って欲しい。

 今は無理でも、いつかそう思えるようになってくれたらって……思う」

千恵は千鶴の側に寄って、出来るだけ穏やかな声音で、気遣いながら……鬼という種族について話して聞かせた。

人として育てられ、その身体に違和感と不安を覚えながらも、千恵との出会いで孤独を埋めた千鶴に。真実を。

貴女と私だけじゃない。他にももっと沢山居て、人から隠れ、平和を願い静かに暮らす鬼の、生き様と信条。

争いを好まない性質にも関わらず、人の野心に利用された過去と、里を焼き尽くされ命を狩られた悲しい歴史。

千恵のいた平成では伝え聞くだけの昔話も、お千から聞く限りでは現在進行形の現実。

親が生きていれば、そして機会があればもっと詳しく知りたかったが、千恵にも知らない部分が多い。

いずれ機を見てお千と千鶴ちゃんを会わせ、色々教わる方がいいかもしれない。

千恵は知っている限りの話をしながら、千鶴の表情を見守った。細かく震える手に目がいく。

「千鶴ちゃん、大丈夫? ……なわけないよね。でも薄々は気付いてたでしょ? 人との違い。身体が違うから。

 鬼の盟約は、片方が困ってないと成立しない。私達が拒んでるのに無理強いすれば、ただの誘拐になる。

 だから攫われるなんて事にはならないし、私も居るから大丈夫だよ? 千鶴ちゃんは居たい所に居ればいいの。

 新選組が嫌になったら、八瀬の里に頼るあてもあるし。そこでも歓迎して貰えると思う。

 あとは、人との結婚かな。平成だと……多分この時代でもだけど、人間と結婚する鬼もかなり居るんだよ?

 受け入れてくれる人は結構いるもんだよ。だから大丈夫! まず斎藤さんがそうだし、きっと皆も。

 私は私、千鶴ちゃんは千鶴ちゃん。それは変わらないから。自分を信じて。ね?」

千恵は千鶴の手に自分の手を重ね、その震えを宥めるように擦った。

私も居る。皆も居る。だから大丈夫、と思いを込めて。

重ねた千恵の手に、温かい雫が一粒、また一粒、降っては滲んで流れた。


私が鬼。人じゃない種族。自分の違いに気付いてはいたけど、まさか……なんで私が……。

父様に会いたい。会って話が聞きたい。千恵ちゃんが嘘をつく訳が無いし、風間さんの言った事にもやっと納得がいった。

それでも、父様に直接確かめたかった。本当に私は鬼なの? どうして教えてくれなかったの?

なぜ…………人として育てたの?

最初から知っていればこんなにも傷つかずに済んだ。そう思うと、父の優しささえ今は残酷に思えた。

でも……重ねられた手から温かい体温が伝わり、激しく波打つ心に安らぎが少しずつ流れ込んでくる。

一人じゃない。去年井戸端で千恵ちゃんが言ってたのは、この事だったんだね。ずっと……見守ってくれてたんだね。

今だって、出来るだけ衝撃を和らげ安心させようと懸命で……あったかい。千恵ちゃんあったかいね。

「千鶴ちゃん……私は千鶴ちゃんが好きだから。鬼か人かじゃなく、千鶴ちゃんだから好きなの」

「千恵ちゃん……ごめんね、自分から聞きたいって言った癖に泣いちゃって。

 もう大丈夫。実感は湧かないけど、私も千恵ちゃんが好き。自分の事も、嫌いになりたくないし、受け入れたい。

 教えてくれて有難う。これからもよろしくね! ……皆ももう知ってるんだよね? どう思ったかな?」

涙を拭った千鶴は、顔を上げて吹っ切るように笑った。悩んでも泣いても事実は変わらない。

なら、受け止めるしかないのだ。自分自身を否定したら、親も千恵ちゃんも否定する事になる。それは嫌だった。


「よかった! ありがとうね。色々不安になったら相談してね? 聞きたい事とか、知ってる限りの事は話すから。

 皆は……どうだろう。斎藤さんと土方さんは受け止めてくれたけど、もう皆にも話終わった頃かな?」

千恵が襖の方を見た時、廊下をこちらに向かう足音が聞こえた。たぶんこれは……井上さんかな?

千恵は襖を開けて廊下に顔を出した。ちょうど角を曲がって来た井上と目が合い、その変わらぬ笑みに安堵する。

「やあ、こちらの話し合いも終わったよ。話し合いというよりは、説明と了承、かな。安心しなさい」

襖を大きく開けると、井上は廊下に座して二人に穏やかな笑顔を向けた。千鶴の涙の跡には気付いたが、何も言わなかった。

「大変な思いで育ててくれた親御さん達の愛情を、無駄にしてはいけないよ? きっと普通より苦労が多かったはずだ。

 それでも、真実を教えられなかった雪村君も、教わった月宮君も、こんなに真っ直ぐに育ったんだ。

 親御さんの苦労も報われただろうし、なによりその愛情が伝わってくる。本当に君達はいい娘さんだからね。

 そんな二人を預かれるなんて、鼻が高いし皆もすぐ受け入れてくれたよ。これからもあの連中をよろしく頼む。

 女子の目があると、少しは行儀も良くなるようだしね、ハハハ。昔は近所の鯉を盗んだり、裸踊りをしたり、

 酔っては喧嘩をして、よく謝りに行かされたもんだ。まぁ斎藤君はどちらかと言えば巻き込まれた側だったが。

 部下が増えて責任が増えた分、だいぶしっかりしてきたし、これからが楽しみな若者ばかりだ。勿論君たちもね。

 雑用ばかり押し付けて申し訳ないが、こんな場所でよかったら一緒に居てくれないかい?

 待遇は今まで通りだが、今まで以上にしっかりと保護する事を約束しよう。男に二言はない」

慈愛、という言葉が一番ピッタリくるだろう。井上の温かい眼差し、穏やかな声と優しい言葉。

千恵も千鶴もホッとして、そして嬉しくて、瞳を潤ませた。大丈夫だと信じてはいたが、実際聞くとまた違う。

「「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」」

安心しきった笑みに、井上は満足だった。この笑顔はなんとしても守ってやらねばな。

離れの山南と秘密を思うと、その信頼しきった目に申し訳ない気もしたが。それもまた二人の為だ。

食事の支度をしなきゃ、洗濯も溜まってるよね、と思い出したように活気付いた二人を眺め、笑顔で別れて離れに向かった。



隠し事が公になり、胸のつかえが取れた二人は、前よりも心から笑えるようになった。

人ではないという事より、ここに居られるという事の方がずっと大きかった。

屯所はもう、二人にとっては家だったから。



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