41 警護 -1
十四代将軍家茂公が長州再征を上奏する為、京に入洛される。
新選組は三条蹴上から二条城までの道中と、二条城での警護を担当する事になった。
今回は、将軍入洛の妨害計画も未然に潰せたので、そう危険はないだろうから、と千恵達も参加する事になった。
特に池田屋事件の後二人が世話をした隊士らからは、「千恵さんも千鶴さんもぜひ!」と、この誇らしい仕事に
仲間として参加して欲しいと勧められた。もう居並ぶ隊士の中では古参になりつつある二人。
幹部つき小姓という立場も定着し、その性別や素性は詮索すべからず、というのが暗黙の了解になっていた。
「「皆さん宜しくお願いします」」
千恵と千鶴は伝令として列に加わる事を快諾し、当日の隊編成や警護の配置等の説明に聞き入った。
「総司は今回、屯所の留守を頼む。咳が続いてるだろ? 早く治しやがれ」
「また待機ですか? まったく、過保護なんだから。でも捕り物もなさそうだからいいですよ。立ってるだけじゃつまらない」
「ったく、ひと言余計だ。まぁいい、他の者は体調不良者を除いて全員参加でいいな? ん? どうした、平助」
平助が手をあげ、土方の視線を避けるように俯きながら不参加を伝えた。体調不良だという。
「だから……今回は折角だけど待機に回るよ」
「そうか、君にもぜひこの栄光を一緒に味わって貰いたかったが残念だ。心配するな、機会はまたあるさ!」
近藤は鷹揚に頷くと、残りの者達に出発の準備を促した。平助はそれを少し離れた所で眺めていた。
千鶴は今朝まで元気だった平助の突然の体調不良が気に掛かったが、聞く時間もないまま出立となってしまった。
千恵と千鶴は、休憩、交代などの連絡事項を伝える為に、お堀と石垣の間の道をひたすら走って回った。
次第に夜も更け、やっと千恵達にも休憩が言い渡された。千鶴は上がった息を整えながら、石垣にもたれて足を休める。
「千恵ちゃん相変わらず足が速いね! 息も切らさないんだもん。私もう、膝がガクガクしてるよ」
「大丈夫? でももう大体の連絡は行き渡ったから、この後はほとんど待機だと思うよ。頑張ろう!」
「うん! そういえば脇差買ってから鍛錬頑張ってるね。斎藤さん教えるの上手そう。……千恵ちゃん?」
「千鶴ちゃん、まだ走れる?」
「え? でもまだ休憩じゃ……っっ!?」
「っ! もう逃げるのは無理ね。……何の、御用ですか?」
千恵が見上げた石垣の上。月を背に大柄な男が三人立っていた。……風間、天霧、不知火だった。
三人は静かに石垣から飛び降りると、千恵と千鶴を無遠慮に眺め、やがて風間が得心したように頷いた。
「間違いないな。雪村という姓、家宝の小太刀それに……気配。確認かなった、か。
フン、家老達が小躍りするだろうな。雪村千鶴、まずは同胞として里にお前を迎え入れてやる。共に来い」
「風間さん来いって一体!? 同胞って何ですか!?」
千鶴は驚きながらも不安に駆られ、少し後退った。風間の言葉に驚いた千恵が、千鶴を後ろに庇う。
お千から話は聞いていたが、まさかそのまま里に連れ帰る気だとは思わなかった。
「同胞で分からぬなら、鬼、と言えば通じるか? 東の雪村、それに…………北の月宮」
「っ、どうしてそれをっ!? ……はぁ、確かにあれだけ隊士さん達に名前を連呼されてちゃ、ばれるか。
風間さん、この子は何も知らないの。家の事も、鬼の事も。お願い、どうかそっとしておいてやって?
私達の平和を壊さないで……お願いします」
「鬼を知らぬ、だと!? なぜあやつはそんな愚かな育て方を……まあいい、それは後だ。
月宮の姫、お前は俺に以前、誇りはないのかと聞いたな? ならば問おう。お前は気高き血筋の女鬼としての務め、
その責務をどうするつもりだ? このまま人間と交わり、その血を薄め、途絶えさせるだけの覚悟はあるのか?
我らの祖先が命を繋いで守り抜いてきた、純然たる鬼の血を。……その血に誇りはないのか!」
「誇りも矜持も、そして血も受け継がれます。この先もずっと、確実に。私がここに居る事が、その何よりの証拠。
ごめんね、千鶴ちゃん。後でちゃんと話すね。……風間さん、時渡りの数珠はご存知ですか?」
「んなもんあるわけねぇ、伝説だろ? あるんだったら今見せてみろよ」
「不知火、拙速です。まずは彼女の話を聞きましょう」
千恵はこの時代に渡って来た経緯を、西の頭領たる風間に向かって説明した。数珠を知る者なら理解は早いだろう。
呼んだ者は不明、数珠は北にあるはず。今は新選組が自分達の保護者であり、仲間である、と。
新選組を仲間と言った所で、風間は冷笑を零した。人の傀儡となる事を強要されている自分には、薩摩は仲間ではない。
歯向かえば里の命運に関わるから、約束をまっとうしてやっているだけだ。人間を仲間などと……。
「随分飼い慣らされたな。さしずめ、いい仲の男でもいるんだろう。ククッ、図星か? なるほどな。
だが、我らにも我らの事情がある。雪村はこちらに寄越せ。鬼の盟約により厚遇は保障する」
「ええ、千鶴さん、どうぞこちらへおいでなさい。このままではあまりに不憫だ、静かな場所でお暮らしなさい」
千鶴は、とてもそんな気になれなかった。話が全く見えない上に、知らない誰かに付いて行くなんて、考えられない。
千恵の肩袖をギュッと握り締め、手を伸ばす天霧を困惑の目で見つめ返すばかりだった。
鬼って何? 私は何者なの? 千恵ちゃんも……千恵ちゃんの責務って何だろう?
「私、行けません、行きたくない……です。千恵ちゃん、どうなってるの? 鬼って何?」
「チッ、面倒臭えなぁ。あとで説明してやっから来いよ、ほら! ……あ〜あ、ぐずぐずしてっから。
お仲間さん、来ちまったぜ? どうするよ、風間」
私達は不知火の目線を追って、安堵と喜びに目を輝かせた。斎藤さん! 原田さん! それに土方さんまで!!
男鬼三人。状況は絶望的だった。けれどこれで、少なくとも千鶴ちゃんを逃がす事ぐらいは可能だろう。
私達の元に駆け付けた三人は、風間達を睨みつけた。三対三。月明かりの下、人と鬼が対峙した。
[ 42/164 ]
前 次頁一覧
章一覧
←MAIN
←TOP