38 同居 -2

軽い微苦笑を浮かべるのは土方さんと原田さん。赤くなって目を逸らすのは永倉さんと平助君。

したり顔で笑うのは沖田さんで、満面の笑みで祝福するのが近藤さんと井上さんと千鶴ちゃん。

屯所内。半刻もかからずに終わった引越しは、分かりやすい反応を夕餉の席にもたらしました。



「さぁ、月宮君の小姓就任と二人の前途を祝って、頂こう!」

近藤さんの号令で皆の手が箸に伸びる。お膳の飯碗には……お赤飯がこんもりとよそわれていた。ハハハ。

井上さんは私達にただ「何かあれば相談しなさい」とだけ言って、後は穏やかに微笑んでいた。

「千恵ちゃん、よかったね! 斎藤さん、千恵ちゃんの事宜しくお願いします!」

「ああ、こちらこそ宜しく頼む。千恵は字が上手いから書き物を頼むつもりだが、家事に支障がないようにする」

「急にごめんね、千鶴ちゃん。これからもよろしくね。家事も今まで通りちゃんとするから安心してね」

漢和辞典片手に写本を続けてきた事が今になって役に立ち、それが本当に嬉しかった。

前々から斎藤さんの仕事ってちょっと多すぎない? って思ってたのよね。頼みやすいのは分かるけど。

皆から頼りにされているのが誇らしくもあり、心配でもあり。ただ、土方さんはもっと働いてるから文句言えないんだよね。

「千恵とはじめ君って正月からなんだろ? 俺、いなかったからまだピンと来ねぇよ……マジでいい仲なんだよな?」

「ああ、そりゃぁもう! 斎藤がこんなだから、ちっとよそよそしいがな。はぁ〜先越されちまったか。

 堅物だと思って油断したぜ! 千恵ちゃんかぁ〜〜、ハァ、いいよなぁ。」

「ま、女を幸せにすんのも男の仕事だ。新八よりか斎藤のがましだろ、なぁ千恵?」

「えっと……はぁ、まぁそうですね。すみません、永倉さん」

「だよな、新八つぁんの横じゃいびきがうるさくて寝らんねぇって! 寝相もすげぇし」

この三人が揃うと、いつでもどこでも賑やかで笑いが絶えない。本当に仲がよくて、こっちも楽しくなる。

私は斎藤さんと目を合わせ、クスクス笑った。仲間っていいね、皆あったかいよね。

「斎藤、仕事は今まで通りだ。期待してるから気張れよ? 皆、今夜は間違っても聞き耳立てんなよ! 特に総司」

「っ! 副長! いえ、心配はご無用です。月宮はその……大事にするつもりです。

 今までと変わりありません…………当面は」

「へぇ、まあいいんじゃない? はじめ君らしくって。じゃあ明日の朝は赤飯なしか、残念」

「斎藤、いくら大事っつったって……まぁお前らしいっちゃお前らしいか。よかったな、千恵。

 よっぽど好きじゃなきゃ、中々言える事じゃねぇぞ? いい奴選んだな」

原田さんは少し驚いた顔をした後、眉を下げて苦笑した。私は顔を朱に染めながらもしっかり頷いた。

本当に。私には勿体無いくらい素敵な人だと思う。誠実で愛情深くて、頼りがいがあって。

冷やかされても真面目に答える斎藤さんに、皆次第に茶化すのをやめ、仲間として声援をくれた。

それは私に対しても同じで、あえて事件には一切触れず優しく見守ってくれる皆に、心から感謝した。

ただ、この賑やかな食事の席に、山南さんも居たらもっとよかったのにな、と少し思った。



俺は夕餉の後、廊下で総司を呼び止めた。まだあの件の礼を言えていない。

「総司、色々世話をかけたな。本当に……助かった。礼を言わせてくれ」

「別にいいよ、大した事はしてない。それに……僕が千恵ちゃんから貰ったものも大きいんだ。

 あの子、いい子だね。ちょっと気付くのが遅くて残念だよ。あの子なら、そばに置きたいのも分かるかな」

「総司?」

「ああ、心配しないで。ただ……そうだね。ありがとうって伝えておいて。ちょっと救われたんだ。それだけ」

そう言うと、総司はスタスタと私室へ戻って行った。千恵が総司を救った? どういう事だ?

だが、当の本人に言うつもりはなさそうだ。なら、聞かぬ方がいいという事だろう。



俺は私室に戻ると、誰かが無造作に放り込んだらしい自分の私物を手早く片付け、行灯を点した。

今までなかった奥の部屋を意識してしまい、妙に落ち着かない。はぁ、先に布団をこちらに運ぼう。

局長は奥を寝間に、とおっしゃっていたが、二間と聞いて最初から別々にするつもりだった。

身繕いなど、男に見られては恥ずかしい部分も多いだろう。それに、いくら俺でも……自制心には限度がある。

最初の頃、病床で体を拭く千恵を偶然見てしまった時の、白く美しい乳房は今もそのまま思い出す事が出来る。

今となっては、共に見た左之の記憶をどうにか消せないかと思ってしまうほどだ。

池田屋で晒を外す為に片袖を脱いだ時見た華奢な肩肌も、月明かりが部屋に差し込むと脳裏に浮かんでしまう。

早い話、抱きたい気持ちは山々だ。だが、人のお膳立てでそういう関係になるのは、俺達らしくない。

色々あって乱れた千恵の気持ちが落ち着き、二人の関係がもっと熟してから自然にそうなりたい、と思った。


「千恵です、戻りました。お茶入れて来たんですけど一緒に飲みませんか?」

「ああ、いただこう。千恵は奥の部屋を使うといい。不安な時は襖を開けて、支障のある時は閉めればいいだろう?」

千恵がチラリと部屋の端に積んだ布団に目をやったのを見て、安心させるように言葉を足した。

「それじゃあ、お言葉に甘えて。これからよろしくお願いします。なんか、急に決まって実感が湧かないな。

 フフ、でも朝一番に斎藤さんの顔が見れるのは嬉しいかな。夜もおやすみなさいが言えるし」

「俺も局長に言われた時は面食らったな。荷物も放り込まれていたし、布団も積んであって……。

 いや、別室だろうが同室だろうが無体はしないから安心しろ。俺達は俺達だ、急く事もない。

 一緒に居られる時間が増えた、それだけで充分だ。こうやって夜に二人で話せるのもいいものだしな」

「……ありがとう。私、斎藤さんの事がもっと知りたい。どんな斎藤さんも斎藤さんだから。

 いい所も、悪い所も。格好いい所もそうでない所も全部。だから……色々教えて下さいね?」

「悪い所もみっともない所もか? ククッ、幻滅しても知らんぞ? だが……そう言ってくれて嬉しい。

 俺もお前の色んな面が知りたいからな。俺の前では何でも話せ。無理は続かん」

しばらく二人で明日からの予定や段取りを話し、軽く額に口付けを落として挨拶した後、寝支度に別れた。

やがて襖が指一本分ほど開き、行灯が消される。その僅かな隙間が千恵の不安を表しているようで、

二つの部屋をかすかに行き来する風に乗せて安心が届くよう、心で祈った。



生真面目な守り人は、隣室の規則正しい寝息を耳にしてようやく、眠りについた。



[ 39/164 ]

頁一覧

章一覧

←MAIN

←TOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -